小説 川崎サイト

 

空魂

川崎ゆきお



「魂が感じられないんだ。魂が込められていないんだ。もっと真剣に取り組んで欲しい。それは魂の問題なんだ」
 徳田はプロデューサーから、注意された。
「魂の問題かあ」
 徳田は同業の吉岡に相談した。
「あの先生は魂とか血とかが売りなんだよ。まあ、キャッチコピーのようなものだから、気にすることはないさ」
「でも、どう対処すればいいのかなあって…」
「意味はないんだよ。口癖さ」
「君は気にいられているんだろ」
「まあね」
「魂を込めているからかい」
「そう見えるように演じているのさ」
「どんなふうに」
「意味もなく泣いたふりをするんだ。すると、奥底からの涙だと受け取ってくれる。または、分かっていなくても深く長く頷くんだ。深く理解しているようにね」
「要するにオーバーにすればいいんか」
「メリハリが必要だよ。反応しない場合も必要だね。深く魂と触れ合っている感じで、ぼーとするんだよ」
「そんな演技力はないさ」
「やればできるさ。そしてあの先生の目をじっと見つめるんだ。これは我慢が必要だ。目を見るんじゃなく、目と目の間を見るんだよ。目を見つめると苦しくなるからね。目玉が視野にはいるけど、決して見ていけないよ」
「やってみるかなあ」
「僕も先輩から聞いたんだ。結構疲れるけど、これも仕事だよ。あの先生のペースに合わせるんだ。それですんなりいくよ」
「でも魂の奥底から…とかは」
「そんなのあるわけないよ」
「脈々と流れる血筋とかは」
「そんなの見えないでしょ。ただのコピー文だよ」
「見抜かれないかなあ…空魂を」
「あの先生も空魂なんだから、見抜く力はないさ」
「なるほど」
 徳田はその方法でプロデューサーと打ち合わせをした。
 そしてうまく演技が通じたのだが、何を打ち合わせたのかを忘れてしまった。
 
   了


2008年02月12日

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