小説 川崎サイト

 

奇手

川崎ゆきお



「これは罠じゃないかなあ」
「どうかしましたか?」
「なにね、苦手なはずの手で来ているんだ」
「そうなんですか」
「得意な手で来るものだろ」
「そうですねえ」
「ところが敵の会社は、弱点で来ているんだ」
「それは変ですねえ」
「だろう」
「弱点を強化したんじゃないですか」
「そうとは思えんが」
「じゃ、油断させるためでしょうか」
「そうだね」
「用心せんといかんなあ」
「やはり罠でしょうね」
「奇手かもしれん」
「はあ?」
「やはり弱いんだ」
「はあ」
「弱いままなんだ」
「弱ければ、その手で来ないでしょ」
「それが手なんだ」
「そうなんですか」
「決して強くはないんだ。弱いままなんだ」
「それじゃ、弱い面は隠すでしょ」
「弱い面で勝負したくないからね」
「じゃ、やはり強くなってるんですよ」
「そう思わせたいんだよ」
「ほう」
「だから奇手なんだ」
「どうすればいいのでしょう」
「弱いままだから、無視すれば言い」
「もし、強くなっていたら、どうします」
「急に強くはなれないさ。あの会社のシステムではね」
「じゃ、相手はどんなメリットがあるのでしょう」
「強くなったと思わせて、用心させ、その隙にメインで勝負をかける」
「じゃ、囮なんですね」
「博打に出たとしか思えん。それほど苦しいんだろうね」
「でもあの部門、本当に弱いんでしょうか」
「得意じゃないはずだ」
「では、対抗商品は作らないことで、いいですね」
「合せることはない。うちを負かすような商品力は敵にはない」
「しかし、新製品が出てからでは遅すぎますよ」
「企画があるという情報だろ。出すと決まったわけではない。きっと出さないさ」
「敵はそこまで読んでいるかもしれませんよ」
「その可能性はない」
「だと、いいんですが」
「いやだねえ、奇手は」
「奇手じゃなく、本当に力をつけたのかもしれませんよ」
「悩ましいのう」
 
   了



2008年02月20日

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