小説 川崎サイト

 

過疎の地

川崎ゆきお



「最近見かけなんだが、どこへ行ってたんだ」
「家がないんだから、どこへ行っても自由だよ」
「ここも家じゃないか」
「橋の下じゃねえ」
「あんたの家そのままだよ。放置かい」
「誰か使いたいんなら、使ってもかまわないよ」
「あんたの匂いが染み付いてるからなあ」
「じゃ、取り壊してもいいよ。この場所はもういい」
「社会復帰するんかい」
「ここよりいい場所があるんだ。今、そこから戻ってきたんだ。どうだい君も行かないかい」
「どこだよ」
「田舎さ」
「そりゃ、不自由じゃないの」
「健康にもいい」
「日雇いの仕事かい」
「農家だ」
「農家」
「ほとんど廃村だ。年寄りしかいない。野良仕事手伝えばいいんだ」
「小作人かあ」
「大きな農家だ。旅館みたいにな。空き部屋はいっぱいある」
「条件があるんだろ?」
「逗留客さ」
「つまり農家の客か」
「身分はな」
「野良仕事かあ」
「困ってるらしいよ」
「わしはいいよ」
「食べるものには困らないぜ。寝る場所もある。空き家に住んでもいいんだし。いっぱい余ってるんだ」
「わしは、社会復帰を考えてるんだ。そんな得体の知れない場所で食い繋いでも、将来に繋がらない」
「もう、何人か行ってるぜ。野菜作って売りに行ってる奴もいるよ」
「わしゃ、農業の経験がない」
「プロが教えてくれるさ。年寄りは詳しい」
「農業かあ…」
「林業もあるぜ」
「それで、何人ぐらい入り込んでるんだ」
「向こうのテントの連中、団体で行ってるぜ」
「あいつら見ないと思ったら、そこへ行ったのか」
「戻ってこないだろ。暮らしやすいんだ」
「村の年寄りが死んだら、どうなるんだ」
「また、違う村へ移ればいいさ」
「釣りはできるか」
「鮎がいるぜ」
「よっしゃ、了解だ。鮎の佃煮を作ってみたかったんだ」
「行こうぜ行こうぜ」
「ああ」
 
   了


2008年03月02日

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