小説 川崎サイト

 

夢の中の山

川崎ゆきお



「時々、妙な夢を見るのですが…」
「夢は元々妙なものですよ」
「夢の映像は一度見た記憶から生まれるのでしょ」
「そうですよ」
「じゃ、見たことのない風景とかは?」
「忘れただけかもしれませんよ」
「いや、体験する可能性のない場所の風景です」
「テレビとか写真で見られたのではありませんか」
「思い当たるものは見ていません」
「だから、忘れたのですよ」
「それがなぜ、夢になって出てくるのでしょうね」
「さあ、それは分かりません」
「本当に見たことのない風景だったら、どうなんでしょう」
「何がです?」
「現実でもテレビでも見た覚えがない風景です」
「記憶は古いフィルムじゃありません。そのつど紡ぎ合わされるのです」
「その場でできるのですか」
「まあ、合成のようなものですよ」
「その元になっている部品は、やはり、一度見たものでしょ」
「想像したものでもいいのです」
「分かりました。見た覚えのない風景が出てくるので、いろいろ思い出そうと焦っていました」
「どんな風景ですか?」
「小高い山なんです」
「はい」
「場所は分かっているんです。でも、そこには夢の中に出てくるような小高い山はないのです。子供のころにもなかったはずです」
「はい」
「その小高い山は、大きな山の裾野です。それが最後は丘のように平地に流れ込んでいるのです」
「はい」
「平地は田圃です。山と平地の境界線のような場所で、丘ほどの高さもあれば、ちょっとした山ほどの高さもあるんです。大きな山と同じような樹木が生い茂っています。でもちょっと密度が低いようで、山の地肌が見えます」
「その夢のどこが妙なのですか」
「実際にはその場所は、そうなっていないのに、夢の中ではなっているんです。どうしてなんでしょう」
「夢は欲望の現れです。あなたは山が欲しいじゃないですか」
「近くにそんな山のようなものがあれば楽しいとは思いますよ。生まれ育った場所は平地で、山に憧れていました」
「じゃ、簡単ですね。無邪気な夢です」
「これも合成なんでしょうか」
「そうだと思いますよ。あなたの山データーで作られた山です」
「今度見たら、登って見ます」
「はい、ご自由に」
 
   了


2008年03月03日

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