小説 川崎サイト

 

勇者の墓

川崎ゆきお



 勇者の墓がある。有名な勇者だ。
 魔獣の王を倒し、平和な世に変えた勇者だ。
 墓は勇者の出身地の村にある。今は観光地となっている。
 ある若き旅の戦士が墓守の老人と話している。
「五十年前になるかのう」
「もう、そんなになりますか」
「おまえ様も勇者様に憧れるか」
「はい」
「まだ二十六じゃった」
「没年ですか」
「そうじゃ。まだまだ若い」
「洞窟の奥で対決し、相打ちでしたね」
「そうじゃ」
「あなたは、もしかして…」
 旅の戦士は墓守の顔をまじまじと見る。額から左の目にかけて傷がある。
「あなたも戦士でしたか」
「生き延びた戦士は臆病者じゃ」
 墓守は語りに入った。
「四人パーティーじゃった。魔王との最後の戦いはな。あいつは魔王を、わしは雑魚を引き受けた。魔術師は魔王の一打で倒れた。ヒーラーは全魔力を使い、あいつに回復魔法を施し続けたが駄目じゃった」
「それは有名な話ですよ」
「それを書いたのは…わしじゃ」
「勇者と同行したもう一人の戦士は、やはりあなただったのですね」
「ほう、よく分かったな」
「その傷ですよ」
「五十年も前の若い日の話じゃよ。あいつとは幼なじみでな。戦士になるためこの村を飛び出した」
「それも伝説として残っています」
「だから、わしが書いたんじゃ」
「ひとつ教えてもらえませんか」
「なんじゃ」
「ヒーラーは魔力を使い果たしたのですね」
「そうだ。精神力を使い切った」
「もし、まだ残っていれば、勇者様を回復させることができ、相打ちではなく、生きて戻れたのではないでしょうか。そしてあなたも魔王に立ち向かっていれば…」
「そ、それを言うな」
「ちょっと思っただけです」
「魔王の手下に囲まれて、手が出せなかったのじゃ。それにわしが雑魚を引き寄せておらなんだらあいつが囲まれる」
「それは問題ないと思います。問題はヒーラーです。精神力回復のポーションがあるはずです。どうしてそれを飲まなかったのでしょうか」
「忘れたのだ。ポーションを持って行くのを」
「それは本には書かれていませんねえ」
「ああ」
 墓の向こう側に薬園があり、老婆が水をやっている。伝説のヒーラーになれなかった女だ。
 
   了

 


2008年04月6日

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