小説 川崎サイト

 

途切れた世界

川崎ゆきお



「どこかで途切れたものがあるねえ。あれは何だったのか、まあ思い出そうと思えば思い出せるんだが、その気が起こらない」
「それは大事なことですか」
「当時、大事だったんだろうね。今は興味すらない。不思議なものだね。価値観が変わったとは思わんが」
「それはどうしてなんでしょうねえ」
「君にはそんな体験はないかね。ああ、まだ若いからねえ」
「ありますよ」
「ほう」
「子供のころ、なりたかった職業、とかです。今も興味は多少ありますが、自分とは関係のない別世界ですよ」
「それは大人になってからもあるんだよ。二十歳すぎに思いついたことなんだけどね。おそらくそれが生涯続くものだと思っていた。だが途切れたよ。これは損をした気持ちになるがね。まあ、損でもいいから、続けたくないこともあるんだ」
「それは目標が間違っていたという反省でしょうか」
「そうかもしれんねえ。間違っていなければ、まだ続けているよ」
「飽きたのじゃないですか」
「そうかもしれんなあ。それは計算に入れてなかったよ」
「飽きは怖いですねえ」
「そうだね。飽きるとやる気も失せる」
「飽きないでやっていけるものがいいですねえ」
「それなら商いだ」
「そちらも、あきないですか」
「飽きないから商いなんだ」
「飽きないでやっていける職業なんですねえ」
「不思議とね」
「じゃ、先生も商いをなさればいいのではないでしょうか」
「そうだね。私は学者じゃなく商売がしたかったのかもしれない。商人だ」
「今からでもできるでしょ」
「そうだね。今の研究はもう飽きたよ。小銭の入る仕事をやりたいよ」
「やられてはいかがですか」
「いや、真面目に考えているよ。冗談ではなくね」
「ところで、僕は何を専攻すればいいでしょうか」
「だめじゃないか、その若さなら、やりたい分野があるはずだ」
「それがないのですよ。何をやってもたいしたことにはなりません。僕の場合」
「じゃ、適当でいいんじゃない」
「はい、そうします」
 
   了


2008年04月10日

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