小説 川崎サイト

 

非日常な木

川崎ゆきお



 日常と非日常の違いは、日常はほぼ毎日の出来事だろう。
 それが月に一度でも、いつもの出来事なら、日常の中に入れてもかまわない。
 では、非日常と思える出来事が毎月一度起こり、それが数十年続いているとなると、どうだろう。
 日常へ転ばすのか、非日常として別枠に収めるかだ。
 だが日常では、日常と非日常とを区別しない。その区別とは、意識はしているものの「ああ、これは日常で、これは非日常」だと、判定しながら暮らしているわけではない。
 前田は、ちょっとした日常の出来事から外れると非日常と思う意識分けするタイプだった。
 それは自分の生活に範囲を設けていたためだろう。その範囲内なら庭のようなもので、安心できるからだ。
 その安心感とは知っている世界であり、処理できる世界である。
 その前田の安全地帯である庭で、非日常なことが起こった。
 それは家庭内の出来事ではない。家庭内で起こったことなのだが、人間関係ではない。
 一種の異変だ。
 庭に生えていた苗気が一晩で倍近く伸びていたのだ。
 新緑の季節なのであり売るかもしれないと、最初思った。だが、次の日はさらに伸びていた。
 そして一週間で、もう苗木とは言えない高さになった。
 苗木は前田が植えたものではない。家族の誰かが植えたものではない。勝手に生えてきたのだ。
 草ではないことは幹を見れば分かる。小さくても木の形をしている。
 これは前田が木だと思っているだけのことかもしれないが。
 しかし、前田の背丈ほどに伸びた状態で見た限り、明らかに木なのだ。
 では、何の木なのか。ここまで伸びれば種類が分かる。
 それは、近くの神社にそびえ立つ楠と同じ枝振りと同じ葉の形だった。
 楠に似ているが、楠ではない。そう思うのは、こんなに短期間で大きくなるはずがないからだ。
 このペースで行くとすぐに大木になってしまう。
 前田は伐ることを考えた。前田の日常感覚に反する出来事だったからだ。恐らく、前田だけの感覚ではなく、誰が見ても非現実な出来事のようにも思えた。
 ひと月後、その木は前田の背丈の倍になっていた。
 前田は伐採した。そして、掘り起こして根も引っ張り出した。
 その後、異変はない。
 
   了


2008年04月19日

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