小説 川崎サイト

 

雨の散歩者

川崎ゆきお



 降り止まぬ雨に合田は苛立っていた。
 そのイライラがピークに達した。
 苛立ちは雨で外に出にくいことで、その目的は単に散歩だった。
 一国をあずかる政治家のような押し出しが合田にはある。退職した時は入社した時と同じ平社員だったが、その風貌は社長よりも貫禄があった。
 大きな会社のため、工場長と話したことはなく、ましてや社長など雲の上の人だった。
 合田が社長を見たのは入社式と、退職の時だけだった。当然社長は入れ替わっている。
 風貌だけでは人は出世しないものだ。
 年とってからの合田は人間国宝のような風格を備えていた。
 結局は見かけ倒しなのだが、それは合田の責任ではない。
 しかし、どこかそれを知っていて、身だしなみには気を使った。
 これは自分の風貌をさらに演出しているようなものだ。
 雨は降り続いている。
 合田は業を煮やし、雨の中を歩いている。散歩ぐらいしか、もう目的はなくなっていた。
 隠居さんになる前から、既に隠居だったため、特にこれといってやることがないのだ。
 それで散歩なのだ。
 散歩はただ歩いているだけなので、特別なことをやるわけではない。これが合田には合っていたのか、非常に散歩の好きな老人になっていた。
 合田が苛立っていたのは雨のためだが、天気予報では雨が上がるころだったのだ。それが外れたことが苛立ちの原因だ。
 雨の日の散歩は好きではないが、中止はしない。
 雨が降っている時より、止んでいる時に出掛けたいものだ。だが、止む気配がなかったのだ。
 合田は複雑な顔で雨の中を歩いている。大きな黒い瞳は、達人のそれだ。
 結局は散歩の達人なのだが、どうでもいい話だ。散歩に達人や名人はない。
 しかし、合田は思う。
 もし、この押し出しや風貌どおりの人生を歩んできたとしても、この年になるともう一緒ではないかと。
 合田は、また考えた。
 今まですごいことを成し遂げてきた人間のようにふるまおうと。
 終わってみれば夢のごとしと言うではないか。
 合田は過去、見たかもしれない夢を、思い出すのではなく、想像しながらゆったりと歩いた。
 
   了

 


2008年04月24日

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