小説 川崎サイト

 

悪魔とタレント

川崎ゆきお



「そこの人」
 吉岡は見知らぬ青年から声をかけられた。横断歩道を渡っている時だった。
 吉岡は途方に暮れていた。仕事がないためだ。
 探せばあるのだが、一般的な仕事はやりたくなかった。
「タレントになってみないかね」
 スカウトだった。
 吉岡は驚いた。単純に驚いた。ありえない話のためだ。
「タレント?」
「テレビに出て活躍しないか」
 吉岡の頭に詐欺という言葉が浮かんだ。
「信号が赤になる。早く渡ろうじゃないか」
 二人は速足で歩道に出た。
 その先はターミナル駅で、人が急流のように流れている。
「そこの陸橋で話そうじゃないか」
 急ぐ人が多いためか、陸橋は人が少ない。外人が針金細工の露店を勝手に広げているのが見える。
「どこのプロダクションですか」
「そんなところには所属していない」
「お金は必要ですか。今、文無しです」
「必要はない」
「どうして僕に」
「誰でもいい。タレントになる気があればな」
「すぐに稼げますか」
「ああ」
「嘘だ」
「願い事を適えるのが悪魔の仕事だ」
「悪魔?」
「そうだ」
「あなたは悪魔?」
「そうだ。私に魂を売れば、何でも適えてやる」
「そんなこと通じないと思うけど。あなたこそタレントになればいいじゃないですか」
「いや、私は悪魔だ。転職は不可能だ」
「悪魔は職業なんですか」
「そうじゃない」
「目的は何でしょ」
「だから、君をタレントにしてあげる」
「別になりたくないですよ」
「人気商売だぞ」
「僕が求めているのは、タレントではない」
「金がないのだろ」
「タレントで稼ごうとは思わない」
「そうか」
 悪魔はガクンと体を半回転させ、陸橋を降りていった。
 都会には妙な人間がいるものだ。
 
   了


2008年04月26日

小説 川崎サイト