小説 川崎サイト

 

トイレの秘密

川崎ゆきお



「雨ですなあ」
「そうですねえ」
「仕事、休みましょうか」
「またですか」
「雨の降る日はやる気がしない」
「でも地下街での仕事ですよ」
「そこへ行くまでに濡れる」
「傘のあるなしの問題ではないのですね」
「そう、雨だから休む」
「気分の問題ですか」
「気圧が下がっている」
「低気圧が通過中なんですね」
「こんな日は、判断がにぶる」
「でも地下街の掃除でしょ」
「ゴミ車をぶつけるかもしれない」
「じゃ、僕も休まないいけないですか」
「別の人と組んでくれ」
「分かりましたが、何となく僕もやる気がなくなってきました」
「いいことだ」
「時間給ですからね。月収が下がりますよ。目一杯働いても足りないのに」
「それは困ったねえ」
「高山さんは大丈夫なんですか。よく休んでいるようですが」
「迷惑じゃないだろ」
「そうですねえ、穴埋めで呼び出されますから、収入が増えます」
「週四日が上限だったね」
「はい、それが五日の週が増えるので、少しは稼げます」
「じゃ、今日はどうする」
「主任に言って、助っ人を頼みます」
「じゃ、私が休むのは歓迎されているわけだ」
「まあ、そうなりますか。でも高山さんの収入が減ってしまいますよ」
「働かないのだから、減っても仕方がないさ」
「余裕があるんですね」
「金銭の余裕ではなく、気持ちの余裕がね」
「でも、収入がカツカツでは余裕も無理では」
「まあ、そうなんだがね」
「何か副収入でも」
「これが副収入だよ」
「えっ、じゃ、本職が」
「ないよ。本職も」
「一度聞こうと思っていたのですが」
「何かな」
「一緒に地下街で作業している時、たまに姿を消すでしょ」
「トイレだよ。近いんだ」
「それなら言ってくださいよ」
「そうだね」
「本当は地下街で何をやっているのですか」
「トイレだよ」
「それが本職じゃないのですか」
「トイレだよ。トイレ」
 
   了


2008年05月14日

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