小説 川崎サイト

 

怖いお話

川崎ゆきお



「思い起こすと、恐怖が蘇る。したがって、二度と思い出そうとは思わない」
「貴重な話だと思います。ぜひお話ください」
「思い起こすと、怖いのだ」
「はい」
「はいじゃない。はいじゃ」
「それほど怖い体験だったのですね」
「だから、何度も言ってるだろ。思い起こすだけで怖いと」
「はい」
「聞いておらんのかね、君は」
「さぞや、怖い話だろうと、聞いています」
「私が聞き取ってほしいのは、思い返したくないということだ」
「前置きは分かりましたから、進めてください」
「前置き?」
「はい」
「前置きなどない。これは前置きではない。話したくないと言ってるんだ」
「それが前置きなのでしょ」
「では、ここまでだ。いくら金を積まれても、話せることではないからな」
「謝礼は致します」
「いくらだ」
「当社規定の」
「だからいくらだ」
「謝礼ですので、まあ、お車代程度は」
「私は車に乗る必要はないぞ。ここがわが家なんだから」
「ですから、お車代程度の謝礼は用意致します」
「タクシー代のことか」
「まあ、そんな感じです」
「距離が分からんではないか」
「国内での交通費程度なら」
「数万か」
「はい」
「それでは話せん」
「では、取材協力費として」
「いくらだ」
「謝礼の倍ほど」
「それでは、金を積むとは言わん」
「予算がありますので」
「謝礼は出すつもりだったのか」
「はい」
「嘘をつけ。言わなければそのままじゃなかったのか」
「では、いくらお渡しすれば、話してもらえるのでしょうか」
「金を積まれても話せんと言ってるだろ」
「よほど怖い話なのですね」
「だから、最初から言ってるだろ。思い出そうと思うだけでも怖いと」
「難儀ですねえ」
「じゃ、帰った帰った」
「他社の取材では語られたのではないですか」
「ああ、話している時怖くなって、途中でやめたよ」
「他社はいくら支払いましたか」
「車代じゃないぞ」
「それは失礼しました。では、他社の倍を」
「よし」
 
   了


2008年05月16日

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