小説 川崎サイト

 

丸損商会

川崎ゆきお



 オフィス街から少し離れた場所に木造家屋が残る一角がある。普通の民家だ。
 丸損商会の看板は傾いた庇の上に立て掛けられている。支えの針金が錆び、いつプツンと切れるか分からない。
 丸損商会の文字の下に、不審と不安の商取引一般とある。
「出物はありませんか」
「怪しいのなら、いくらでもありますよ」
「お奨めは?」
「これなんか、不安の固まりですよ。売れる確立は低く、損すること間違いなしですよ」
「どのようなものですか」
「健康商財です」
「それは、安定した需要があるのでは」
「だから、皆さん手を出して、丸損するわけです」
 丸損商会社長は伝票をめくる。
「これは、失敗した健康セミナーから出たものです。がらくたです」
「売るのが大変そうですねえ」
「苦労するでしょうなあ。まあ、だまさないと売れませんよ」
「他はありませんか」
「えーと、マンションが出ていましたなあ。管理会社の持ち物件です。手放したいと。どうです。買いませんか。マンションオーナーになれますよ」
「どこが駄目なんでしょう」
「これの悪さは、不法建築というやつですねえ。耐震強度が基準以下。コンクリートは婆さんが焼くタコ焼きのようにしゃぶしゃぶ。タコは入っているが、どの部分か分からない」
「それは、やばいですねえ」
「管理会社も知らないで買ったようですよ。安かったようです。でも、知っていたんでしょうねえ。それを売りたいというのは、世間がうるさいからですよ。信頼と安心の看板が泣きますからねえ。震度五で倒壊でしょ」
「それはやばいですよ」
「でもお勧めしますよ。この前の震災後の物件です。もう、あんな地震は孫の孫の代までないでしょ」
「いや、そんな金はないですよ」
「周旋すればいいんですよ。あなたが買う必要はない。客を見つける仕事でもいいですよ」
「もっと地味なのはないのですか」
「スーパーの出入り口での車の指導員を超底時間給でもやってくれる人材探し、とか」
「もっと見せてください」
「いいですよ。どれもこれもまともな話じゃないですからね」
「うまい話って、そういうものなんでしょうねえ」
「よくお分かりで」
 
   了



2008年05月21日

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