小説 川崎サイト

 

高層の死角

川崎ゆきお



 富田は下を見ている。
 高層オフィスビルの中程からだ。喫煙のための灰皿に灰を落とす。
 一時間に一度はここに来ている。ここは休憩所だ。自販機が数台並び、簡単なテーブルと安っぽい椅子がある。
 その窓から下がよく見える。
 新しくできたオフィス街だ。
 富田が見ているのはそんな建物ではない。
 川沿いに道程程の細長い余地がある。堤防ではない。家が建っている。
 まだ、民家が残っていると説明する方が早い。
 二階建てのバラックのような家を富田は気にしている。お気に入りらしい。
 外装はトタン張りだ。それでも屋根瓦は乗っている。
 小さな庭には緑も見える。洗濯物も乾されている。
 家は川の堤防と道路に挟まれている。
 この一帯は昔はこんな家々や町工場が建ち並んでいたのだろう。
 新たに開発されたビジネス街はコンクリートの上にコンクリートを積み上げ、広い道路があるだけだ。
 取り壊しを逃れたのか、開発範囲に入っていなかったのか、その家は生き残っている。
 富田は一度間近で見たいと思い、近くまで行ったのだが、見当たらなかった。
 上からならよく見えるのだが、下に降りると、どの方角だったのかが分からなくなる。
 しかし、それ以上の興味はないのか、行く道を上から確かめようとはしなかった。
 その日も喫煙で、休憩所から下を見ていた。
「墓石に見えますねえ」
 同僚の浜田が声をかける。
「イメージの問題かな」
「僕には墓石に見えますよ。巨大な共同墓地です」
 富田は浜田の物言いが好きではない。イメージが合わないのだ。
「富田さんは何に見えます」
「都会風景ですよ」
「そのままだな。もっと豊かなイメージで見ないと」
「あれなんかどうです?」
 富田は例のトタン張りの民家を指さす。
「どれ?」
「川に橋がかかってるでしょ。手前の橋とちょうど中間位置にある」
「範囲が広いよ」
「じゃ、川の右側をたどるように見てよ」
「で、何があるの」
「トタン張りの民家だよ。庭も見えるだろ」
 浜田はニヤニヤする。
「富田さんもイメージ力あるじゃない」
「そうかな」
「存在しないものを想像で作り出す。いいんじゃない」
「あそこに建ってるでしょ」
「面白いね。その発想」
 
   了


2008年05月25日

小説 川崎サイト