小説 川崎サイト

 

ビーフカレー

川崎ゆきお



「ビーフカレーなのにね、肉が入っていないんだ」
 岸和田が田辺に言い出す。
「肉の姿は最後まで発見できんなんだ」
「そうなんですか」
 田辺はそう答えるしかない。興味がないのだ。
「どう思う」
 岸和田は、この話で盛り上がろうとしていた。
「すくい損ねたんじゃないですか」
「わしがすくったわけじゃない。バイキングじゃないんだから」
「ビーフカレーって、それは名前でしょ」
「牛肉が入っているカレーのことだよ。それが、肉らしき固まりは何もなかった。肉だけじゃない。具がなかった」
 岸和田はジャガイモとかタマネギとかニンジンとかの具が入っている事を期待していたようだ。
「家庭のカレーとは違うでしょうからね」
「いや、レトルトのカレーでも具はたくさん入っておるぞ」
「まあ、お玉で肉をすくうのを忘れたのでしょう」
「では、ビーフカレーではないではないか」
「そのカレー鍋はおそらくビーフカレーでしょ」
「しかし、わしの皿ではビーフカレーになっとらん。
「まあまあ」
「これは大変なミスだとは思わんか」
「まあ、言い立てるほどの問題ではないでしょ」
「ビーフカレーではないカレーはなかった」
「どういうことですか?」
「ビーフカレーが一番安い」
「ねえ、岸和田さん」
「何かね」
「カレーに煩い人ですか」
「いいや」
「じゃ、そんな時もある程度の問題でしょ」
「まあそうだが、わしが食べたのはビーフカレーではなかったことを店員に伝えたかったんだ」
「ビーフカレーではないとすると、何ですか?」
「カレーだ」
「そうですね」
「だが、カレー屋なのにカレーはメニューにない。一番安いのがビーフカレーなんだ」
「それを店員に伝えたのですか」
「ああ」
「どう言ってました」
「今度来られた時は、多い目に肉をすくうと」
「意地汚い話ですねえ」
 
   了


2008年05月28日

小説 川崎サイト