小説 川崎サイト

 

ワンルームの孤独

川崎ゆきお



「引越されたほうがいいのではないでしょうか」
「それで、幻覚や幻聴は治るでしょうか」
「吉村さんの場合、見えるはずもないものが見えたり、聞こえるはずのない音が聞こえるわけではないでしょう」
「見えるし、聞こえます」
「見えたり聞こえたりの感じだけです」
「しかし具体的に」
「その人物や声は、外部ではなく、吉村さんの内部で、しかも最近の記憶から引っ張ってきたものです」
「幻覚はすべて内部からではないのですか」
「そうです」
「じゃ、私の場合も同じだ」
「原因は住居にあると思うのですよ」
「あのマンションに出るのですか」
「幽霊は出ませんよ。だって、あなたの記憶の中の人物でしょ。外部じゃありません」
「私はあのワンルームマンションを気に入っています。都心部にあるし、セキュリティも万全です。勧誘も来ないし」
「最近、人と話されましたか?」
「先月、先生と話しました」
「私以外とは」
「郵便局員や、家電店の店員とか」
「近所の人とは」
「ないです。あ、顔を合わせれば、挨拶ぐらいしますよ」
「いつも部屋でじっとなされているのでしょ」
「次の仕事が見つかるまで、少し休憩中です」
「就職活動は?」
「だから、休んでいるところです」
「それで、毎日テレビを見たり、ネットを見たりの日々なのでしょ」
「ゆっくりしています」
「引越されるべきですよ」
「どうしてですか」
「もっと自然が豊かで、近所の人とも交流できるような場所へ。今のままでは、独房に近い環境です。治療方法なんてありませんよ。だれだって、そんな狭い場所で一日いると、幻覚や幻聴に近い現象が起こりますよ。だから、吉村さんは病気ではありません」
「引越しかあ」
「田舎で、自分の家を買われてはいかがですか」
「でも仕事が」
「都心部まで一時間半の物件があります。中古ですが、庭も広いですよ」
「はあ?」
「もっと見ますか」
「はい」
 
   了


2008年05月31日

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