小説 川崎サイト

 

さすらいの一匹狼

川崎ゆきお



 県境も市の境もよく分からないような平地の市街地に住む村岡は、ぽつんと存在するような町や村に行ってみたくなる。
 少し地方の観光地でも行けば、そんな場所はいくらでもあるだろう。山が町や村を仕切っているためだ。
「ハイキングとかやっているとね」
 村岡が語りだす。
「山また山で、何もないんだよ。人が住んでいる気配がないんだ。そんなところを一人で歩く孤独感が好きでね」
「村岡さんはいつも単独ですねえ」
 山歩きサークルの岸和田が相手になっている。
「私はねえ、地図は見ないんだ。好き勝手に山道を歩くんだ。道がなくなってる場合もあるがね」
「うちのサークルに入りませんか。そのお年で山歩きは危険ですよ」
「険しい山や高い山には行かないさ。名もない山が多いねえ」
「遭難すると大変ですよ」
「半分遭難するような感じが面白いんだよ。まあ、そんな山奥じゃないから、すぐに町に出るよ。感動はね、そのときにあるんだ」
「感動?」
「町が見えてきたときだよ。どこの町だか山だか分からない。とにかく人里だ。そういう入り方がいいんだよ」
「頂上にたどり着いた感動はいかがですか。下を見ると感動しますよ」
「私は頂上なんて興味はないんだ。感動はするだろうけどね、そこが到着点じゃない。下りないといけないじゃないか。それじゃ安心できない」
「何でしょうねえ、村岡さんの山に対する挑み方は」
「里のありがたさを確認するためだよ」
「なるほどねえ」
「それだけじゃないよ。下りてきた町や村が新鮮なんだよね。そこへ下りるのが目的じゃないんだ。偶然たどり着くんだからね」
「うちのサークルでも、それ、やりましょうかねえ」
「団体じゃだめだよ。あの孤独感は一人でないと無理だ」
「村岡さんは昔から一匹狼だったのですか」
「私は狼じゃない」
「それは分かっていますよ」
「あんた、私が狼のように里に下りてくるイメージを見たでしょ」
「見ていませんよ」
「まあ、そんな按配だから、あんたのサークルに入る気はありません」
「はい、了解しました」

   了



2008年06月13日

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