小説 川崎サイト

 

空動き

川崎ゆきお



 心的感情がある。感情が心を覆うのか、心が感情を生み出すのかは分からない。おそらく双方向だろう。
 感情はその人ではないが、心はその人だ。だが、感情がなければ、心もわからない。その人も分からない。
 些細なことで心が動くとは大げさだ。単に感情が反応しているだけのことかもしれない。だがこの反応の起伏の中にその人の心の軸が見え隠れしている。
 心とはもっと人間的なもので、人格的なものだろう。どちらにしても感情を通じてないと、それも読み取れない。
 吉田はそんなことを考えながら、気持ちの動揺を抑えようとしていた。
 振り幅が大きくなったためだ。安定感とは振り幅の狭いときの状態だ。
 吉田は自分を超えたような考えを頭の中だけでやってみた。いつもなら思わないような発想だ。
 その領域は吉田のパーソナリティーから逸脱している。だが、その領域も実はあるのだ。現実化されることのない領地だが。
 揺れ動く心は鎮めないといけない。領域があいまいになり、不安定になるためだ。
 吉田はそんなとき、眠ることにしている。意識を消すことで、回避できるからだ。
 しかし、その夜は寝付けなかった。いつもの時間より早いためだ。電気を消しても意識は消えない。
 吉田はむくりと起き上がり、パジャマを脱いだ。
 まだ宵の口で、町は明るい。出かけようとしていた。
「どちらにしてもまずい」
 心的動揺があるとき、下手に動くと、とんでもないことを起こしてしまうことを吉田は知っていた。
 たとえば、ちょっとしたことで腹立てたり、荒っぽい動きに出たりする。それが怖いのだ。
 では、部屋で寝転がっておればいいのだが、じっとしていると逆に落ち着かない。いろいろな思いが頭に浮かび上がり、それと付き合うのが苦痛になる。感情の檻に閉じ込められそうだ。
「目先を変える」
 それで、吉田は外出した。
 確かに目先は変わった。市街地の光景が平穏に続いている。荒れているのは吉田の中の心的光景だけだ。
 吉田は、気休めとは思いながらも、空動きを開始した。

   了



2008年06月16日

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