小説 川崎サイト

 

風呂敷奇談

川崎ゆきお



 また夜が来る。魔物が現れる夜だ。朝まで耐えなければならない。今日で三日目だ。魔物は半透明な風呂敷のような化け物だ。
 風呂敷の模様が顔になり、表情を変えながら室内を飛んでいる。
 時には大きな口を開き、時には大きく目を見開き、時には小鼻を大きく開ける。
 吉田はその体験を人に話さない。狂ったと思われるためだ。
 幻覚なのではない。電気を点ければよく見える。電気を消すと暗くてよく見えなくなる。幻覚なら目を閉じても見えるだろうし、部屋が暗くても見えるだろう。
 なぜ風呂敷なのかと吉田は考える。風呂敷など使ったことはない。祖母が風呂敷に衣類を入れていたのを覚えているが、実家を出てからは風呂敷など室内にはない。買った覚えも貰った覚えもない。
 幻覚ではない証拠に、吉田と風呂敷の関係は何もないということだ。
 風呂敷を意識したのは、生まれて初めてかもしれない。この魔物のおかげだ。
 それが風呂敷だと吉田が断定したのは、大きさだ。正方形の布で、生地が祖母の着物と同じ手触りだった。
 吉田は一反木綿という妖怪を本で見たことがあった。それは白っぽく、細長い。
 だが、風呂敷の魔物は模様のような顔をしていた。風呂敷の柄のように最初は思ったのだが、よく見ると、目鼻立ちが分かるのだ。
 そして、その夜も風呂敷の化け物がひらひら飛んでいた。
 昼間、部屋中を探したが風呂敷など見当たらなかった。急に現れるのだ。
 まるで、部屋の薄暗がりが、異界と繋がっているかのように、そこから出てくるのだろうか。
 風呂敷には表裏があるようで、化け物にも裏側がある。
 今夜は静かに飛んでいる。天井近くを、悠然と飛んでいる。
 最初は捕まえようと追いかけたが、手でつかんでも、するりと逃げてしまう。うまくつかめないのだ。
 かなり強い力で握っても、それ以上の力で振り払ってしまう。
 本当の風呂敷なら裂けてしまうような引っ張り合いだ。
 かなりの力がある化け物だ。
 しかし、飛んでいるだけで、襲い掛かってこない。つまり、吉田に危害を加える気はないのだ。
 だが、そんなものが飛んでいること事態、十分ショックを受ける。
 さすがに三日目はもう慣れたのか、吉田は風呂敷を無視するように心がけた。確かに怖いことは怖いのだが、怖がらせることだけが、この風呂敷の目的なら、吉田は耐えれそうな気がした。
 四日目は完全に無視した。すると五日目には現れなくなった。

   了


2008年06月28日

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