小説 川崎サイト

 

自転車選択

川崎ゆきお



 今村は自転車に乗りながら自転車を選択していた。自転車を買おうとしていた。
 自転車がないので欲しいわけではない。現に今、今村は自転車に乗っている。
 しかし、また違うタイプに自転車の乗りたくなったのだ。
 ここ数年、自転車など意識していなかった。自転車には乗るが、それは自分の足のようなもので、自転車を意識しながら自転車に乗っていたわけではない。
 自分の足を意識するのは怪我をしたときだろうか。右足が痛いとかになると足を意識する。歩き方も意識的になる。
 怪我ではないが、今村がそれまで乗っていた自転車が故障した。
 後輪の空気が抜けやすい。三日ほどで抜けてしまう。
 自転車屋へ持っていき、パンクを調べてもらうが、どこにも穴は開いていないようだ。自転車屋は二回チューブをチェックした。
 そして「虫ゴムかな」といい、交換してくれた。パンクの検査も含まれるので、高い虫ゴム交換になった。
 しかし今村の自転車はやはり三日で空気が抜けた。
 空気入れの管が傷んでいるのかもしれない。もれるとすればそこしかない。
 また、電灯も点かない。電球が切れているのか、接触が悪いのかが分からない。
 面倒になり、今村は新しい自転車を適当に買った。
 その自転車に乗りながら、自転車の選択を始めた。
 気に入らないのだ。安い自転車は安いだけの乗り心地となる。それまで乗っていた自転車は高価だった。材質も違うのだろう。シートもいいものが使われていた。タイヤも、オリジナルなものだった。
 乗り心地が、これまでより悪いとなると、怪我をしたときと同じように自転車を意識する。
 新品の自転車は怪我を負っているわけではない。言い直せば体調が優れないときに似ている。本来の走り方ではないのだ。
 この自転車にとって、それが本来なのだが、それまで乗っていた自転車が体の一部のようになっており、それを基準にしてしまうためだ。
 今村は毎日自転車屋周りのために自転車に乗った。今まで、買い物で使っていたときの乗り方よりも遠距離で、乗る時間も長い。
 同じ店ばかり寄れないので、遠くの町まで遠征に行くようになった。
 相変わらず、その自転車は満足がいかない乗り心地だ。健康な自転車のときは乗らなかったのに、怪我を負ったときのほうがよく乗るのは皮肉な話だ。

   了

 


2008年07月3日

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