小説 川崎サイト

 

消えたビデオ屋

川崎ゆきお



 平田が太陽の下を自転車で走るのは久しぶりだった。
 いつもは夜光虫のように、深夜の海を飛び交っている。
 どういう事情からか、その日は昼間起きていた。特に理由はない。よく寝すぎたためだろう。これは他人に言えるような事情ではない。
「ここに出たか」
 いつも深夜走っているため、風景が違う。「反対側から来たためかもしれないなあ」
 それでも、このあたりは庭のようなもので、なじみの建物が多い。
「ビデオ屋が、この近くにあったはずだ」
 国道沿いにファミレスやバイク屋が並んでいる。平田がここを走るのは数ヶ月ぶりだ。
 国道は県道と交差しており、そこだけ国道は高架になる。平田が走っているのは、その高架のわき道にある歩道だ。
「ビデオ屋がない」
 広い敷地面積を有する販売専門のビデオ屋が見当たらないようだ。
「おかしい」
 平田は道の向こう側を見る。
「SM専門店もない」
 ビデオ屋と向かい合うようにして、小さな専門店があったはずなのだが、それも見えないようだ。
「やったのかなあ」
「両店とも深夜までやっており、平田にはなじみのネオンだ。
 遅くまで開いている店は、この近くではこの二店だけだ。ある意味夜の主役なのだ。
「闇の世界は消える運命にあるのか」
 平田は更地になっている場所を見た。
「ここに駐車場があったんだ。自転車はいつも、入り口付近に止めていたはずだ。広いと思ったけど、取り壊されると、それほどでもなかったのかもしれない」
 平田は棚にびっしりと並んでいたパッケージを思い出した。すごい密度で並んでいた。店内は迷路のようだった。客と出合うことは殆どなく、いつもがら透きだった。それが原因かもしれない。
 あの濃い世界が太陽の下で干からびてしまったような感じだ。
 そして、向かいのSM専門店も同じ罪で消えたのだろうか。
 こういういかがわしいものは消え行く運命にあるのか……
 平田はある感慨に耽りながら、いつもの道を逆行して行った。
 すると、ビデオ屋が現れた。向かい側のSMショップも無事だ。まだ店は開いていないが。
 平田は場所を間違えていたようだ。
 
   了


2008年07月9日

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