小説 川崎サイト

 

何でもない風景

川崎ゆきお



「何でもない風景なんです」
「じゃ、聞いても何でもない話なんでしょうな」
「はい」
「では、お邪魔します」
「何でもない風景なんです」
「またの機会、楽しみにしております。御機嫌よう」
「何でもないのですが」
「え、何かあるのですかな」
「いえ、何でもない風景です」
「では、失礼します」
「少し、聞いてください」
「はあ?」
「何でもない風景があるんです」
「あるでしょうね。いくらでも。ではまた」
「何でもなのですが、そこに何か」
「何かあるのですかな」
「いえ、何でもないです」
「急ぎますので、今日はここで」
「はい」
 聞き手は立ち去った。
 そこへ一人の男が通りかかった」
「あのう、何でもない風景なんですが」
「はあ?」
「何でもない風景の中に、何かありそうな雰囲気が漂っているのです。これは、何かありそうな風景にはない、不思議な呼吸なんです」
「こ、呼吸……あっそう」
「何でもない日常風景の中に、何かあるんですよね。いろいろと」
「あなた、知らない人に、そんなこと話して、どうするんですか」
「感想を述べているだけです。もしかして共鳴してもらえるかもしれないと思いまして」
「で、結局、何を買えばいいのかな」
「何も、売ってません。お話だけです」
「あなた、何かのパフォーマーですか」
「いえ、何でもない普通の人間です」
「普通の人間なら、見知らぬ他人に話しかけないものですよ」
「それは普通じゃないのですか」
「ここでは普通じゃないでしょ」
「ここも何でもない風景です」
「そんなこと、気にしていませんよ」
「何でもない風景の中に、やはり、何かあるのですよ。それ、分かります。この感慨」
「感慨」
「はい、続けてよろしいでしょうか」
「断る」
 その男も立ち去った。
 
    了


2008年07月20日

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