小説 川崎サイト

 

怪異談

川崎ゆきお



 錦町に幽霊自転車がまた出たことを里村は聞いた。
 錦町は高級住宅地だ。なぜこの町に出るのかはよく分からない。おそらく真夜中になると人も車も通らないほど静かなためだろうか。
 里村は、深夜錦町へ自転車で向かった。
 かなりの距離がある。およそ十五キロ。往復すれば三十キロになる。
 ママチャリで十五キロを走りきった里村は、もうそれだけで一仕事終えたような感じになった。
 帰りの十五キロのことを考えると、体力の温存が必要だ。実際にはここが目的地であり、ここで活動しなければならない。体力が必要なのはこれからなのだ。
 錦町は碁盤の目のように道路が走っている。どの家も大きな敷地面積を持っている。駅からかなり離れているのに、なぜこんなところに高級住宅地があるのかは分からない。しかも、かなり古い。
 高級住宅地になるまでは田園地帯だったようだ。一つの村がそのまま住宅地になったような感じだ。もう村の面影など微塵もない。
「なぜ自転車なのか」
 里村は、この町と自転車を結びつけるのに苦労した。因果関係が何もないのだ。こういうときはローカルな事情が潜んでいることになるのだが、それを知るには深夜では聞き込みもできない。
 幽霊自転車は、自転車だけが走っている現象だ。
 以前にもそんなことがあった。同じ錦町だ。そのときは幼児の三輪車だった。
 深夜の住宅地を小さな三輪車が走っているのだ。車輪も回り、ペダルも回っている。角を曲がるときはハンドルも曲がる。見えないのは乗り手だけだ。
 里村が調べたところ、ある家の三輪車が勝手に道路に出ていたらしい。
 幽霊三輪車として有名になったが、今は鎖で繋いでいるため、勝手に走らなくなった。
 いずれも超常現象だ。あってはならないことだ。
 そして今度は大人用の自転車だ。
 里村は宅地の筋を適当に巡回した。
 すると、向こうから無人の自転車が走ってきた。
 ゆらゆらと左右に揺れながら、里村に近づいてくる。
 里村は真正面からその自転車に突っ込んだ。
 幽霊自転車はすり抜けた。物理的なな存在物ではなかった。だから幽霊自転車なのだが、
幽霊三輪車とはタイプが違っていた。
「こちらのほうが幽霊に近いなあ」
 里村は怪異談の一つをまた手に入れた。
 
   了


2008年07月26日

小説 川崎サイト