小説 川崎サイト

 

小豆探し

川崎ゆきお



 二百年近く眠っていた小豆洗いが目覚めた。
 彼は妖怪である。彼女かもしれない。ある年齢に越えると男女の区別が分かりにくくなる。
 二百年眠っていた小豆洗いは、少なくても二百歳を超えている。
 小豆洗いは夜中に小豆を洗う妖怪だ。それ以外の行動は目撃されていない。情報がないのだ。
 二百年前、小豆洗いは小豆を洗うため、小川に下りようとした。水がいるのだ。
 土手から水辺に出るとき、うかつにも足を滑らせ、前転した。そのとき頭を打ち、気絶した。
 二百年後目覚めたのだが、長く気絶状態が続いたため、転んだことを忘れていた。おでこを打ったのが、その打撲傷も治っている。
 小豆洗いは、二百年前の続きをはじめた。
 土手の中ほどで転倒したので、その続きだ。
 しかし、もう川べりには草一本なく、コンクリートで固められていた。
 それでも水は流れている。
 小豆洗いは小豆を洗おうとした。
 しかし、転んだとき、鍋の中の小豆も飛び出しており、小豆がない。
 小豆洗いは小豆を探したが、見つからない。
 鍋に水を入れるが、小豆がないと、小豆洗いにはならない。
 小豆洗いは困り果てた。
 今まで、どうして小豆を手に入れていたのかが分からないのだ。
 小豆は常に鍋の中に入っており、好きな水辺を移動しながら、小豆を洗い続けていたのだ。
 一度洗った小豆を何度も何度も洗っていたことになる。
 小豆洗いは、妖怪になったときから小豆は持っていた。小豆を調達したことはないのだ。
 今まで考えたことのないことを考えなくてはいけない。
 小豆洗いは小豆を洗いたい。それも誰もいない夜中に、こっそりと。
 そして、小豆を洗う音だけがかすかに聞こえる。この風情を小豆洗いは好んだ。目的はこれだけなのだ。
 それでは小豆は楽器のようなものだろうか。幸い、音の相棒の鍋は無事だ。小豆さえあれば、あの音が出せる。
 小豆洗いは小豆を手に入れるため、村へ向かった。
 しかし、そこはもう村ではなかった。普通の宅地だった。
 その中を鍋を両手に抱えて、小豆がありそうな家を探す小豆洗いの姿があった。
 こうして、小豆洗いが小豆探しになった。
 この小豆探しの妖怪は小豆が手に入るまでの仮の姿だ。
 
   了


2008年08月18日

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