小説 川崎サイト

 

頑張れない

川崎ゆきお



「あそこで頑張れば何とかなったと思うのですがね」
 幸田が語る。
「何度もそんなことがあったのですがね。毎回逃げ腰で……」
「うちに来ても仕事はないよ」
「ああ、そうなんですか」
「うちも仕事がないんだよ」
「それは大変だ」
「君は仕事がなくならないと、うちに来ないのかね」
「いや、そんなこともないのですがね。先輩は今頃どうしているのかな、と、思いまして、まあご機嫌伺いです」
「伺っても何もないよ」
「何かいい仕事ありませんか」
「だから、何もないって、言ってるだろ」
「何でもいいのですよ」
「仕事があるかどうかは分からないけど、枕崎に聞いてみるよ」
「お願いします。私から枕崎さんに、直接聞けないので」
「最初から、そのつもりで来たんだろ」
「一本電話かメールをお願いします」
「あとで、やっとくよ」
「すみませんねえ。何度も紹介してもらいながら、何一つものにならないで」
「まあ、頑張ってよ」
「それなんです。それ」
「何が?」
「頑張れなかったんですよ。頑張っていれば、今頃先輩に仕事紹介しますよ」
「じゃ、いつも頑張らないの」
「頑張ってますよ。人の倍以上時間をかけてますよ。手間を惜しまないで」
「じゃ、頑張ってるじゃないか」
「ここ一番のとき、頑張れないんですよ」
「ここ一番?」
「ここで、いい仕事すると、道が開けるような、ここ一番です」
「頑張ればいいのに」
「怖いんです」
「何が」
「大きな仕事、するのが」
「小さな仕事なら、頑張れるの?」
「はい、頑張れます」
「上に行くのが怖いのかな」
「自信がないんです。私なんて、インチキだから」
「面白い仕事やってるじゃないか」
「はったりですよ。あれば。だから、真剣にならんとできないような仕事だと、ばれてしまうんです。それが怖い」
「あ、そう」
「じゃ、枕崎さんへの一言、よろしく」
「ああ、分かったよ」
 幸田はその後、枕崎から仕事をもらい、二年は持った。三年目に大きな仕事をもらったが、いつものように頑張れなかった。
 
   了


2008年08月21日

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