小説 川崎サイト

 

幻想の果て

川崎ゆきお



「最近幻想を抱けなってのう」
 老人が語りだす。
「昔はあらぬ世界に憧れたものよ」
「と、いいますと」
「つまらん幻想だよ」
「どんな?」
「だから、それを語る気にもなれんのじゃよ。乗り気がせぬ。幻想が去ると、そういうものだ」
「幻想とは何でしょう」
「現実よりも生き生きとしており、しかも面白い。そんな感じじゃ」
「だから、幻想なのですね」
「それが抱けんようになったのは、幻想の元になるものがなくなったからじゃ。いや、見つからんだけかもしれん」
「幻想の元ですか?」
「ああ、幻想の元になった幻想だ」
「幻想が幻想を生んでいたわけですね」
「そうじゃ」
「では、また新たな幻想を探せばいいのではないでしょうか」
「それが年とともに年々なくなっていく。インパクトもどんどん薄くなってのう、もう本気で幻想を楽しむ気分にはなれんのじゃよ」
「それは残念ですね」
「君はそんなことはないか?」
「と、いいますと?」
「幻想はあるか?」
「あると思いますが、夢想家のように、上手に幻想を楽しむことはできません」
「夢と幻想は、ちと違うな」
「先生のおっしゃる幻想とはどういう種類のものでしょうか」
「幻想は、幻想じゃ。現実にはないが、現実よりも面白い。だから幻想なんじゃ」
「漠然としていますね」
「幻想だからな」
「先生はご自身で幻想を作らないのですか?」
「誰かの作った幻想がなければ、わしも幻想は見れぬのじゃ」
「誰かの幻想ですか?」
「誰かが夢見た幻想でないと、幻想にはならぬのだ」
「それは、どんなパターンでしょうか?」
「誰かが夢見ていることを、夢見ることだ」
「友達が欲しがっているものを、買うようなものですか」
「似ておるのう」
「他者の欲望を欲するということですね」
「難しいことを言うな、君は」
「実は僕は、先生の幻想で幻想を作るのが好きなんです。だから先生の幻想をもっと聞きたいのです」
「そうか、君も幻想の元がなくしつつあるのじゃな」
「はい」
「じゃ、他を探すといい」

   了


2008年08月28日

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