小説 川崎サイト

 

頑固老人

川崎ゆきお



 何事も経験だという。その経験が役に立つとでも言うのだろうか。
 岩田老人はそのことに否定的だ。
 ある体験が岩田を黙らせていた。別に犯罪を犯したわけではないので、語れない出来事ではないのだが、語る気など最初からない。
 これがある限り、経験が活きるとかの論理は岩田老人には通じない。
「それは岩田さんだけの特殊な例ではないですか。何らかの形で、それは活かされていると思いますよ」
「いや、殺しているよ」
「殺す?」
「殺人者じゃないよ。私は」
「それは分かっています」
「どうして」
「そんなふうには見えませんから」
「そんなふうには見えない人が人を殺すんだよ。風貌なんて関係ないさ」
「ああ、そういう例もありますねえ」
「それで、君は何が言いたいのかね。私はもう人生の終わりに近い老人だ」
「だから、この後の老後を豊かに」
「なぜ、そんなことを言うのかね」
「地域のお年寄りを元気付けるボランティアです」
「ボランティアでないとできないのかね」
「はあ?」
「だから、君の個人的な行動としてはできないんだね」
「これは活動ですから」
「君個人の活動じゃないんだね」
「地域を豊かにする活動です」
「君個人も豊かになるの」
「はあ?」
「地域だけが豊かになるのか、君が豊かになるのか、どっちなんだ」
「両方です」
「私は頑固な老人だ。見れば分かるだろ」
「はい」
「なぜだか分かるかね」
「さあ」
「ある経験が私を貝のように私を頑なにしておる。経験がマイナスに出ておる例だね」
「ああ、そうなんですか」
「だから、私にかまわないで欲しい」
「どんな経験なのでしょうか」
「君は何様だ」
「はあ」
「土足で入ってくるな」
「すみません」
 これで、四人目だった。誰が行っても、岩田老人は心を開こうとしなかった。
「練習に使われてたまるか」
 ボランティアが来るたびに、岩田は無理に頑固老人を振舞った。
 
   了


2008年08月31日

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