小説 川崎サイト

 

ある商品

川崎ゆきお



「その後どうですか?」
「相変わらずです」
「それはご機嫌ようですな」
「はあ?」
「変わらぬことも大事ですよ」
「進歩がありません」
「現状維持だけでも十分ですよ」
「いや、このままでは退化してしまいますよ」
「退化ですか?」
「進化したいですよ」
「徐々に後退していく感じでいいのですよ」「じり貧になりそうです」
「解決したいですか?」
「もちろん」
「それが災いの元だと思うのですがね」
「進歩ですよ。方向として前向きでいいじゃないですか」
「成功した場合は、それでいいですがね。失敗すれば、さらに一段大きく後退しますよ」
「失敗を恐れぬなというじゃありませんか」
「それは成功した人の台詞です」
「成功は望んでいませんよ。後退を食い止めたいだけです。毎年売り上げが落ちています。三年前の売り上げに戻したいのです。そのためには積極的な策が必要かと思うのです。当然でしょう。この考え方は」
「そんなに悪いのですか?」
「かなり悪いです」
「平均的ですよ。お宅の規模から考えた場合の売り上げは」
「別の商品を仕入れようと思うのです」
「それは売れる可能性がありますか」
「あると思います。よその店で見ました」
「この店はじり貧かもしれませんがね、そんなものですよ。どんどん売れるような商売じゃないですからね。潰れないだけで十分ですよ」
「それではやりがいがないですよ」
「続けることがやりがいです」
「そんなものですか?」
「その新しい商品ですが」
「ご存じですか?」
「あれなカンフル注射のようなもので、瞬間的には効きますが、長くは続きませんよ」
「それでもいいのです。変化が欲しいのです」
「私はおすすめしません」
「打開策じゃなくてもいいから、変化が欲しいのですよ」
「じゃ、やってみられたらいいです。しかし……」
「しかし?」
「あれを店に置くというのは、じり貧だといっているようなものです。イメージ的に、それでいいのなら、やってみられたらいいと思います」
「はい、わかりました」

   了



2008年09月21日

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