小説 川崎サイト

 

心の戦場

川崎ゆきお



「久しぶりですなあ」
「そうですねえ」
「その後如何ですか?」
「いや、相変わらずです」
「それは何より、変わらぬことは平穏平穏」
「そちらは如何ですか?」
「あっ、私ですかな」
「そうです」
「あっ、どういう意味ですかな?」
「いつも聞かれるので、逆に聞いてみたくなったのですよ」
「そうなんですか」
「いつも僕が戦場になってるでしょ」
「戦場とは大げさな」
「いや、僕のことばかりでしょ」
「長島さんも、そういう余裕が出てきたことはいいことでしょうな」
「余裕?」
「人のことが気になると言うことですよ」
「いつも気になってますよ。ただ聞かないだけです」
「聞こうとするところに変化があります」
「そうなんですか」
「いえ、先生はいつも元気そうなので、それが不思議でして」
「あ、はい?」
「僕のように、何か気がかりとか、悩みとか、そういったものがあるんじゃないかと。でもそれ、隠しておられる」
「いえいえ、別に隠してなんていませんよ。特に問題はありませんからな」
「いつも思うのですよ」
「はい、どう?」
「先生が問題なのではなく、いつも僕が問題になってる。戦場はいつも僕なんです。先生の戦場も聞きたいと思いましてね」
「戦場ですかな?」
「はい。心の戦場です」
「戦場とは面白いたとえですね。でも、残念ながら、私の中では戦争は起こっておりません」
「本当ですか」
「はい」
「でも、葛藤とか、ストレスとか、そういった苦しみがあるでしょ」
「それは戦場ではありませんよ」
「でも、先生は、僕の心の中で戦争が起こっていて、戦場のようになっているとおっしゃいましたでしょ」
「そうですね。以前言ったことがありましたね。でも、それは日常的な事柄でしてね。戦場ではないのですよ」
「じゃ、僕だけが戦場なのですか」
「だから、こうして診察しているのですよ」
「ああ、そうでした。それを忘れていました。でも、先生の悩みも聞いてみたいです。僕だけ話すのは申し訳ないような気が」
「ですから、診察料をいただいているのですよ」
「ああ、そうでした」

   了




2008年09月21日

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