小説 川崎サイト

 

きつねうどん

川崎ゆきお



「以前、一枚だったことがあるのじゃが」
「お爺ちゃん何言ってるの?」
 久住老人がきつねうどんを食べながら言っている。
「すみません。店員さん。何でもありません」
「何でもないことはなかろう。前に一人で来たときは一枚だったんじゃ」
 牛丼屋のバイト店員は意味が分からないようだ。首をかしげているのだが、演技過剰だ。
「だから、お爺ちゃん、何が一枚なの?」
「決まっておるじゃないか。きつねうどんのアゲじゃ」
 店員は立ち往生している。
「ほら、いつも二枚乗っておるじゃろ。ところがこの前来たときは一枚じゃった。わしはすぐに間違いに気づいた。入れ忘れたことをな。しかし、待てよとも思った。諸物価の値上がりで、コストを抑えるため、アゲの枚数を減らすことだってあり得るからな。しかし、今日来てそうではないことを知った。やはり二枚じゃないか」
「お爺ちゃん、卑しいことを。食べたのを忘れたんじゃないの」
「違う。食べる前じゃ。何かいつもと違うと表面を見ておった。異変に気づき、すぐに店員を呼ぼうとしたが、佐知子さんも言うように、卑しい人間のように思われるので、それは避けた。また、わしのミスかもしれぬ可能性も否定できない。ここで言うミスとは食べてしまったことを忘れたことではないぞ。うどんの中に紛れ込んでおるのを知らないで言っておる場合じゃ。当然わしはうどんをかき混ぜた」
「お爺ちゃん」
「じゃが、やはりアゲが見つからんのじゃ。次に考えられる可能性としては、アゲが二枚重なっておることじゃ。これは一度あったことがある。七十年もきつねうどんを食べておると、そんなことが一度ぐらいはある。しかしじゃ、二枚タイプのアゲが一枚だったことは生まれて初めての経験じゃ。そんなへまなうどん屋など存在せんからのう」
「お爺ちゃん、ここはうどん屋さんじゃないのよ、牛丼屋さんよ」
「あのう、一枚持ってきます」
 店員は帳場へ行く。
「何を言うか君は。三枚もアゲを食べる気にはなれん」
「お爺ちゃん、意地汚い話、しないでよ」
「佐知子さん。わしはこの間違いを知ってもらいたかっただけじゃ」
「ほら、そんなに興奮したら、消化によくないわよ」
 店員が戻ってきた。
 アゲではなく、持ち帰り用のパックに入ったうどんを持ってきている。
「わしは、きつねうどんは今食べておる。帰ってからまた食えんわ」
「ご家族の方で、どうぞ」
 店員は老人の顔が狐に見えた。
 
   了


2008年09月30日

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