小説 川崎サイト

 

ライフワーク

川崎ゆきお



「目的ねえ」
 太田老人が言う。
「あったような気がするが、忘れてしもうた」
「思い出せませんか」
「いやね、一度ね、思い出したんだよ。それをまた忘れてしもうた」
「では、もう一度思い出せるのではありませんか」
「どうかなあ」
「前は、どうして思い出せました?」
「前かね、前は、急に思い出した」
「何かきっかけがあったでしょ」
「あったかもしれんが、忘れてしもうた」
「では、作りましょう」
「な、何を?」
「目的です」
「ああ、目的ねえ」
「何かありませんか。やりたいこと」
「やりたい」
「はあ?」
「いや、なんでもない」
「ライフワークのようなものが、いいと思います」
「ライフワークか」
「はい、趣味でもいいのです」
「そういうのがあれば、やっておるがな」
「そうですか」
「確かに、目的を持った方が好ましいとは思うよ。しかし、無理に作ることじゃない」
「難しく考えないで、簡単な楽しみのような……」
「それでは、ライフワークにはならんじゃろ」
「ライフワークでなくてもかまわないです」
「やりたい」
「えっ?」
「やりたいねえ」
「そうです。やりたいことを考えてください」
「やっぱ、思いつかんわい。わしゃ、このままでもかまわんよ。別に退屈などしておらん」
「目的意識を持って過ごされた方が、より充実した日々になると思うのですが」
「わしゃ、若い頃から、いっぱい目的を持って過ごしたぞ。あんまり充実はせんかった。むしろ、達成できんかったストレスで充実とは真逆じゃ」
「それでは生き甲斐が……」
「ああ、それよ。それ。それを求めたから苦しんだのよ」
「あ、そうなんですか」
「君はまだ青い。人生の何であるかなど、まだままじゃ」
「あ、はい」
 指導員は立ち去った。

   了

 


2008年10月3日

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