小説 川崎サイト



野菜売り場

川崎ゆきお



 私は野菜が食べたいと思った。
 無性に草が食べたくなったのだ。
 これは身体が要求していることだと気付いた。
 頭で野菜を執らなければいけないと言うのではなく、動物としての身体の発言だった。
 私は終電で駅に降りた。
 駅前に夜中でも営業しているスーパーがある。
 駅前開発による大手総合スーパーのショッピングビルだが、経営に失敗し、食料品売り場だけが生き残っていた。
 私はスーパーの自動ドアを抜け、野菜売り場を探した。
 売り場面積は広く、迷子になるほどだ。
 私はコンビニの狭さに慣れており、何処に何があるのかはおおよそ理解していたが、スーパーになると勝手が違ってくる。品数も多く、通路も多い。
 私はスーパー内を一周した。野菜売り場どころか弁当売り場さえ発見出来ない。
 そんなはずはない。
 ここはスーパーなのだ。野菜を売っていないスーパーなどあり得ない。
 私は探し方が足りないのかと思い、通路をジグザグに進んだ。
 他の客はてきぱきとカゴに品物を入れ、レジに向かっている。
 レジにはバイトらしい若い女の子が数人いる。
 聞くしかない。
「野菜売り場はどの辺りですか?」
「地階になっております」
 思わぬ返事が返ってきた。知らないのは私だけだったのだ。
 私は地下への降り口を探すため、店内の壁に沿って進んだ。
 しかし、階段もエスカレーターもエレベーターも見つからなかった。
 私は一周し、レジに戻った。
「地階への入り口は何処ですか」
 バイトの子が笑いながら指差す。
 目の前に見えている。
 しかし、そこへ行くにはレジを通らないといけない。このビルの入り口に戻ることになる。
 そこにエスカレータがあることは知っていた。しかしそれは売り場の外に出ることなのだ。
 幸い、買い物カゴには何も入っていなかったので、それをレジ前に置き、ビルの玄関前まで戻った。
 エスカレーターは上方向は止まっているが、下へ降りるほうは動いていた。
 私の記憶が確かなら、このショッピングビルの地下が食料品売り場になっており、一階は別の売り場だったように思う。
 経営難で、まだ客を呼べる食料品売り場を一階に持ってきたのだろう。そして元からあった売り場も、そのまま地下に残しているのだ。
 つまり、改装したのではなく、建物はそのままで、二階層のスーパーにしたのだ。
 だが、上からは下は全く見えないため、非常に視認性の悪い売り場となっていた。
 この流れの悪さに私はストレスを感じた。初めて来た客が果たして地階の存在を知ることが出来るだろうか。また、上に何が売られており、下で何が売られているのかを把握出来るだろうか。
 その不快感で、私はもう二度と、ここには来まいと思いながら、下へ向かうエスカレータに足を乗せた。
 
   了
 
 
 
 

          2005年11月10日
 

 

 

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