小説 川崎サイト

 

車止め枕

川崎ゆきお



 牛丼屋での話だ。
 酔っぱらいが牛丼の並を食べ終えた。
「いくらや」
「はい、ただいまお伺いします」
「いくらやと聞いとるんじゃ」
「はい」
「何がはいやねん。いくらかと聞いとるんや」
 店員は、牛丼を作っているところだった。
「少々お待ちください」
「そんなこと、聞いてない。いくらやと聞いとるんや。値段や」
「はい、すぐにお伺いします」
 店員は牛丼を客ま間で急いで運び、すぐに酔っぱらいの場所へ行った。
「いくらや」
 店員は値段をいう。
 酔っぱらいは尻のポケットから財布を取り出す。
 その間、客が入ってくる。
「牛丼二つ。持ち帰りで」
「はい」
 酔っぱらいは財布を取り出し、中を見ている。
「いくらやった」
 店員は値段をいう。
「そうか」
 酔っぱらいはゆっくり札を出す。
 財布の中には、もう札は入っていない。
「ほれ」
 店員は受け取った金額と、牛丼の値段をいう。そして素早く釣り銭を出す。
「ごちそうさん」
 酔っぱらいは最前までの勢いが消えている。払うものを払ったためだろう。
 牛丼屋を出た酔っぱらいはその横のコンビニの駐車場で座り込む。
「最後の晩餐や」
 と、呟きながら、歯につまった肉片を爪楊枝でほじくり出す。
「ああ、もはやこれまでやなあ」
 酔っぱらいは鞄を持っていない。手ぶらだ。
「次に牛丼を食べられるのは、いつのことやろ」
 酔っぱらいは声を出して呟く。
「いつやろ」
 かなり声が大きい。
「いや、まだわしは、小銭を持っとる。その気になれば、牛丼もう一杯食べられるんじゃ。覚えとけ。わしは、まだ余裕があるねんぞ」
 誰も聞いていない。
 酔っぱらいは眠くなったのか、その場で背中を着けてしまった。
 ちょうど、駐車スペースの車止めのコンクリートがいい枕になるようだ。
 そこに入ってきた車の運転手は、新しい道路マークができたのかと思ったようだ。

   了

 


2008年10月12日

小説 川崎サイト