小説 川崎サイト

 

化け物の出る牛丼屋

川崎ゆきお



「あそこの牛丼屋、出るらしいよ」
「何が?」
「あれだよ。あれ」
「浮かばないなあ」
「浮かばれないのは幽霊だ。あそこに出るのは、それじゃない。化け物さ」
「まさか」
「朝に近い夜に行ってみな。出るよ」
「訳ありの店かい?」
「あるんだろうね」
「過去に何かあったとか?」
「そんな因果話じゃなさそうだ」
「怖いじゃないですか。そんな化け物が出る牛丼屋。潰れるでしょ」
「それが潰れない。流行ってもいないけどね」
「交差点の近くでしょ」
「国道と交差する角地だからね。駐車場もあるし、飛び込み客も多い。まあ、地元の人が来なくても大丈夫じゃないかな」
「どうして、朝に近い夜なんですか?」
「何が?」
「だから、出るのが」
「一番客がいない深夜帯だ。それだけさ」
 三村は興味を覚え、行ってみた。
 牛丼屋に化け物が出て、友人はそれを目撃している。誰でも見ることができる化け物なら、もっと噂になってもいいほどだ。
 それよりも、いったいどんな化け物が出るのか……。三村は好奇心に駆られた。
 深夜の四時だった。
 三村は駐車場に車を入れ、少し歩いて明るい店のドアを開けた。
 大きな窓が壁のように貼り付けてあるため、中は素通しだ。中に入らなくても、化け物が見えてもおかしくない。
 入ってすぐのカウンター席に三村は腰を下ろす。
 すると化け物が現れた。友人なら、そういうのかもしれないと、三村は思った。だが、それは化け物ではない。かなり年配のパートの女性だった。
 この店員を化け物というのは、友人の方が間違っている。だいいち失礼だ。
 老婆はかなりの厚化粧で、若々しく見せるためか、アイシャドーの青が歌舞伎役者のようだ。
 三村は牛丼の並を頼んだ。
「牛丼並入ります」
 化け物は、別にいるのだろう。この老婆は化け物ではない。
「出るそうですね」
「はあ?」
 三村は聞いてみた。
「ああ、あれねえ」
「やはり出ますか」
「今日は奥です」
「はあ?」
「呼びましょうか?」
 そして、化け物が出た。
「呼んだかい」
 さっきの老婆より、さらに年かさの大老婆が現れた」
「こんな年でもまだ働けるんだよね」
 と言うなら、奥で牛丼を作り出した。
 三村は、自分も働かないといけないなあ、と反省した。

   了



2008年10月15日

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