小説 川崎サイト

 

出ん

川崎ゆきお



「廃業だよ」
 妖怪研究家が新聞記者に答える。
「最近はどういう活動を?」
「だから、廃業だよ」
「それでは記事になりませんので」
「どうして、君はインタビューに来たのじゃ」
「妖怪研究家は珍しいですから」
「珍しくはない。全国至る所におる。その数は妖怪以上に多い」
「最近、妖怪、出ますか」
「妖怪研究家は出よるが、妖怪は出ん」
「出んって、何ですか?」
「出ないという意味じゃ」
「はい、了解しました」
 記者は困った。これでは記事にならない。穴埋め記事なので、何でもよかったのだが、それなら、もっと別の人を選ぶべきだったと反省した。
「妖怪の話、伺えますか」
「妖怪という括り方をすれば、妖怪は古典落語の世界じゃな。だから、妖怪とは昔からいる妖怪を指す。古い本に載っておるじゃろ。そういうものが、出たという記事は、最近ないじゃろ」
「ありませんねえ。あれば、大変なことになりますから」
「それはよい発想じゃ」
「はあ?」
「面白いところに着地しておる」
「どういうことですか?」
「だから、君が今言ったじゃないか。妖怪が出たら、大変なことになると」
「そうでしょ」
「でも、出ん」
「そこが惜しいところですね。妖怪の」
「だから、廃業なんじゃよ」
「それは、最初から成立しない職業だったのではないですか」
 記者は、余計なことを言ってしまった。もう記事として使う気はなくしていたためだ。
「わしが妖怪研究を始めた頃は、人数が少なかった。だから、職業として成立しておったのじゃ。この場合の職業とは、それで飯を食っていけるという意味じゃよ」
「テレビに出演されているのを見たことがあります。先生のファンなんです。実は」
「そうか、昔の話じゃな」
「いろんな雑誌に妖怪の話を載せていましたでしょ」
「ああ、そのときが一番売れておった頃かな」
「未だに先生は妖怪研究家として活躍されています。これは驚異です」
「活躍などしておらん」
「でも、まだ廃業じゃないでしょ」
「廃業はしておらん。たまに君のような人間が来て、仕事になることもあるのでな」
「それで、妖怪なんですが」
「何じゃ」
「先生は本当に妖怪がいると思いますか」
「おらん」
 記者は録音機のスイッチを切った。

   了


2008年10月20日

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