小説 川崎サイト

 

記録に残す

川崎ゆきお



「過ぎ去ると、もう何もなかったのと同じことですなあ」
「過去の話ですか」
「そうそう」
「それが何か?」
「いや、ちょいと感想を述べただけですよ」
「何か、思い当たることでも」
「昔あった出来事です。過去は消えていきますなあ。なかったと同じように」
「それは、木村さんの記憶の中での問題でしょうか」
「いや、世間一般の話です」
「歴史の話ですか」
「まあ、そんなものです」
「たとえば?」
「先祖ですよ」
「それは遠い話ですね」
「先祖の墓を見ていますとね。それがどんな人だったのか、さっぱり分かりません。記録にないのです」
「木村さんのご先祖さんですか」
「江戸時代までさかのぼれるのです。その時代の墓ですから」
「先祖代々の墓として、まとめたものですね」
「江戸時代の人を、もう誰も覚えていません」
「まあ、そうでしょうね。有名人でもない限り。また、しっかり記録に残っている人なら別でしょうが」
「それを考えるとね。私なんて、百年も経てば、記憶からも消えてしまうんでしょうな」
「そうですねえ。それを思い出すとすれば、孫の孫の時代でしょうか」
「まあ、先祖の名前を書いた小さな帳面があるんです。仏壇を買った時に付いていた。そこに記録されるので、名前だけは残るんでしょうがね。まあ、その仏壇も燃えてしまったり、放置されると、もう何も残らない」
「ブログとかに日記を書いておけばどうですか。かなり残ると思います」
「そうですなあ。最近は記録が盛んですからなあ」
「僕の子供の頃の写真なんて、数枚しかありませんよ。赤ちゃんとのときの写真は一枚しかありません。それに比べると、今は写真やビデオで、腐るほどあるでしょ」
「なるほど、じゃ、私もブログに書いて、永代供養といきますか」
「はい、おすすめします」

   了 


2008年11月13日

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