小説 川崎サイト

 

精進舞踊

川崎ゆきお



 今年八十を超えた踊りの師匠が呟く。
「精神的なものですがな」
「踊りは精神ですか?」
「気持ちですわ」
「一つ聞きたいことがあるのですが」
「へい、どうぞ」
「僕など、上手い踊りと下手な踊りが分からないのですが、どのへんに違いがあるのでしょうか」
「そやから、気持ちですがな」
「気持ちが形になって表れると?」
「そんなこと、おへん」
「では、気持ちとは?」
「精進してはるかどうかだす」
「それは仕草に出ますか?」
「出まへん」
「はあ。じゃ、違いは」
「形にはおまへん」
「深いですねえ」
「うちなんか、よれよれでっせ。体が自由に動きまへん」
「そうは、見えませんが」
「若い頃と、比べたらの話ですがな」
「じゃ、落ちていると」
「あたりまえでんがな」
「でも、師匠の踊りは芸術品だと」
「それは嘘ですわ」
「嘘?」
「上手なように見えますのや」
「では、明らかに下手な踊りとは?」
「それは、間違いはる人やな。まあ、それはよほど新米はんで、人前には出せまへんけど」
「じゃ、見た目は分からないのに、違いが出るのは、どうしてでしょうか」
「その人、知ってるからや」
「はあ?」
「精進してはること、知ってるからや」
「それで違いが出るのですか」
「出まへん」
「ああ、そうなんですか」
「形には出まへんのや」
「でも、厳しく指導している姿をテレビで見たことがあるのですが」
「その子の、普段見ていうてますだけや」
「でも、そこが違う、とか、指導を」
「手が違うとかでっしゃろ」
「踊り方が間違っていない人の場合の違いは?」
「舞ってる子が違いますやろ。そやから、違いはありますのや」
「人柄を比べるわけですか」
「精進してはる子かどうかを比べますのや」
「では、踊りの奥義とかは」
「その子のお人柄ですなあ」
「女子校みたいですね」
「え、なんですて?」
「なんでもありません」

   了


2008年11月16日

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