小説 川崎サイト

 

私心

川崎ゆきお



 誰もが自分に都合のよい理屈をこねるものだ。自分の思いとは、自分に都合のよい思いだと言ってもいい。
「そうとも限りませんよ」
 ある官僚が言う。
「じゃ、あなたの理屈は何ですか?」
「理屈なんてありませんよ。私はお上の方針通りやっているだけです」
「お上の方針が変われば、どうなりあす?」
「その方針に従うまでです。私心はありません」
「それが私心じゃないのですか?」
「私心など、役所では使えませんよ」
「いや、そうではなく、あなたの理屈は、無条件に従うと言うことです」
「だから、それは私心じゃないでしょ」
「従いたがるのが、あなたの理屈で、それが私心です」
「ほう」
「違いますか」
「滅私奉公があるでしょ」
「私を捨てて、仕事をやるわけですね」
「そうです。役所とはそういうものです。ですから、私には私心がないのです」
「私心がないのが私心じゃないのですか」
「それは私心とは言いません」
「でも、それはあなたに都合がいいからでしょ」
「私の都合じゃないですよ。仕事の都合です」
「だから、その仕事の都合が、あなたの都合と合致しているのです」
「私にも私心はありますよ」
「ほほう、どんな?」
「仕事のやり方です」
「じゃ、やはり私心がある」
「私がやりやすい仕事のやり方が確かにあります」
「それです。僕がずっと言っているのは」
「ほう」
「だから、結局、あなたは自分の都合のよい仕事のやり方に持ち込みたい」
「それが出来ればの話ですがね」
「仕事のやり方は、決められているのですか」
「マニュアルはあります」
「それを変更するのですか?」
「そこは変えません。また変えてはいけない事柄です」
「じゃ、あなたの都合のよい仕事のやり方は、どこを変えることになるのですか?」
「同じことをやっても、人によって微妙に動き方が違います」
「動き方も決まっているんじゃないのですか」
「そこまで事細かいマニュアルはありません。ですから、マニュアル化されていない箇所は、自分で考えて動くわけです」
「そこで個性が出るわけですか」
「出ます」
「今日はこのぐらいにしておきます」
「やったのは私じゃありません」
「はい、だから参考人としてお呼びしただけです」

   了

 


2008年11月30日

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