小説 川崎サイト

 

静かなる阿呆

川崎ゆきお



「落ち着いた暮らしがしたいのですが」
「そうなの」
「はい、今はどたばたしてまして、せわしない毎日です」
「それはまあ、誰でも、そんなもんじゃないのですか。現代人は多忙なんですよ」
「忙しくてもいいのですがね。ただ、落ち着いた感じで、忙しいのなら」
「じゃ、君の場合、落ち着くとは、どういう意味なの?」
「安定していることです。忙しくても、どたばたでもいいですから、それが安定しておれば……」
「分かりました。精神的なことですね。気持ちの持ち方ですね」
「そうです」
「精神安定剤を飲むことでしょうな」
「そうじゃなく、飲まなくてもいいような、気の持ち方はありませんか」
「貧しくなることでしょうか」
「あのう」
「何ですか」
「貧しくなりたくないから、忙しく動いているのです。そのためどたばたも厭わないで」
「でも、どん底の貧乏になれば、元気も覇気も失せ、静まりかえりますよ。非常に落ち着きますが」
「貧乏人ほど落ち着かないと思いますよ。その人の暮らしにも不自由だと、どたばたしないといけないじゃないですか」
「じゃ、貧乏人ではなく、無欲になるのがいいのかもしれませんよ」
「無欲になれば、落ち着きますか?」
「何事にも熱中しない人は落ち着いています」
「それ、静かなる阿呆じゃないですかね」
「いいですね。それ、馬鹿騒ぎする馬鹿より、大人しい阿呆は」
「でも、阿呆は騒がしそうですよ」
「踊る阿呆に見る阿呆で、ただただ見ている静かな阿呆もいるじゃないですか」
「ですが、同じ阿呆なら踊らな損々というじゃないですか。そちらが本道でしょ」
「全員が踊れば、観客がいないじゃないですか。だから必要なんです」
「じゃ、静かなる阿呆になるには、どうすればいいのでしょう」
「踊りに参加しないで、見ていればいいのです。これ、一番簡単でしょ」
「一番難しいです。何かしないと、落ち着きません」
「じゃ、あなたは、落ち着きたくないのでしょ。それを望んでいないのですよ」
「頑張った成果として、落ち着きを得られるようになりたいのです」
「まあ、そのうち落ち着きますよ。何をやってもうまくいかないとなると、諦めだし、それが落ち着きへと至ることになるのですから」
 
   了

 


2008年12月2日

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