小説 川崎サイト

 

猟奇王 二本木屋敷の謎

川崎ゆきお


 その家は奥まった場所にある。
 敷地はさほど広くはないが、コンクリート塀で囲まれている。
 庭から大きな木が二本にょきりと伸び、いつのころからか二本木屋敷と呼ばれるようになった。遠くから見ると両手を広げているように見える。
 そう呼んでいるのは地元の人間ではなく、この屋敷を窺う空き巣たちだった。
 しかし、ベテランの空き巣はこの屋敷には近づかない。空き巣として入るにはリスクが大き過ぎるからだ。
 
 場末の乾燥仕切ったような通りに(ロイド商会)と看板がかかっている。猟奇王はそこで猿の頭を見ていた。首から下はない。
 店内にはぎっしりと、いかがわしい品々が並んでいる。その奥にカーテンに仕切られた小部屋がある。
「買う客がおるから商品となる」
 変質者の根地田雄三が猟奇王に面長な顔で説明する。
「繁盛しておるようだな」と、言いながら猟奇王は猿の頭をケースに収める。
「猟奇変質者の時代がやっときた。景気は良い」
 根地田雄三は変態小説を書いていたが、いっこうに売れず、既にペンを折っている。
「今日は、これだ」
 根地田は大根のような物体を猟奇王に手渡す。
 人間の腕だ。
「巧くできておる」
「それは本物だ」
 猟奇王は思わず突き返す。
「まだ、生臭い。もっとミイラ化させないとな」
「こういうのが商売になるのか」
「好事家がいる」
「まあ、人の好みはそれぞれ…」
「あんたは興味がないのか」
「ノーマルなのでな」
「猟奇王だから、猟奇趣味の帝王かと思っていたが…」
「なぜ、こういうのをわしに見せる?」
「見て欲しいんだよ。同好の徒にな」
「見たので、もう帰るぞ」
「珍品があったら、置いて行ってくれないか。高く買う」
「ああ、変質者の片腕でも斬り落としたら持って来よう」
 根地田雄三は冗談とは受け取らなかった。
 
 住宅地を流している空き巣がいる。彼らが決まって注目する家がある。入りやすそうなのだ。
 そこを先程から窺っている男がいる。その屋敷のコンクリート塀を乗り越えるタイミングを計っていた。
「おい」と、小さな声。
 男は身構える。
 声をかけた第二の男が姿を現す。両手をだらりとさげての棒立姿勢。攻撃する意志なきことを伝えるためだ。
「お前もか」
 第二の男はゆっくり近づき、男と同じ姿勢でしゃがむ。
「ポイントは悪くないなあ」
 第二の男の言葉で、同業者だと分かり、ほっとする。
 プロなら乗り越えるポイントは、ここしかない。
 屋敷のコンクリート塀沿いの通路は車が入り込めないほど狭く、周囲からの視線もない。そこからは屋根と夜空しか見えない。
 第一の男が塀を乗り越えた。
 それからしばらくして、悲鳴が聞こえる。
 第一の男の声だった。
 
「大将、寝てる場合やおまへんで」
「それは常に感じておる」
「おかしな屋敷がありまんねん」
「このアジトも、かなりおかしいぞ」
 猟奇王のアジトは原っぱの、ど真ん中に建つ古ビルだった。
 忍者は、昨夜の空き巣について話した。
「変態の空き巣か?」
「そうやおまへん。忍び込んだ屋敷が妙でんねん」
「それは興味深いのう」
「聞きまっか?」
「うむ」
「忍び込んだ空き巣が怪我しましたんや」
「貴様は加害者の心配をしておるのか?」
「その空き巣、塀を乗り越えて、戻って来たら手首ありまへんでした。わて、すぐに血止めしましたんやけどな。救急車呼んで、一緒に行きましたわ」
「貴様はなぜそこに居合わせた?」
「犬と同じで、忍者も散歩する習慣ありまんねん」
「縄張りを示すため、小便をかけて回るのか」
「小便はしまっけど、夜目を鍛える意味もありまんねや。地道な修行でんがな」
「で、それでどう妖しい? その屋敷?」
「何か仕掛けがあるみたいでんなあ」
「過激な空き巣対策じゃのう」
「過剰防衛でっせ」
「忍び込むか?」
「忍者屋敷みたいなトラップがいっぱい仕込まれてそうやで。怪我するどころか、命落とすかも」
「案内せい」
「行きまんのか」
「そんな猟奇な仕掛け、わしが見ないで誰が見る」
 
 早速その夜、猟奇王と忍者の姿が二本木屋敷の前にある。
 例の乗り越えポイントから、忍者あっさり塀の上に飛び乗り、身をかがめた。
 庭は暗い。下手に地面に飛び降りるのは危険だ。しかし、空き巣の侵入ルートになっているらしく、雑草を踏んだあとが残っている。獣道ならぬ空き巣道ができている。
 トラップはないと思い、忍者は喉を鳴らした。コオロギの鳴き声だ。
 それを聞いた猟奇王、塀を乗り越える。
 深夜、屋敷に明かりはなし。洋式の平屋、敷地に似ず小降りだ。
 忍者は両手で印を結んだまま動かない。
 動かなくなった忍者の肩を猟奇王が叩く。
「静かに!」
「何をしておる」
「気配を探ってます。しばし静粛に」
 忍者は、また動かなくなる。
 猟奇王は暇なので、夜空を見る。星も月も見えない。
 数分後、忍者の印が解ける。
「人はおりまへんなあ」
「空き家か」
 ちょっと探り入れますから、大将は動かんように」
「分かった」
 建物へ音もなく駆け抜ける忍者の姿、もう闇の中に溶け込んだ。
 忍者は本領発揮で楽しんでいるかのよう。
 ふと後方に気配を感じた猟奇王。とっさに地面に臥せる。黒いスーツで影の如く張り付いた。
 雑草を踏む音。そして衣類がこすれる音。
 音は近づき、すぐに止む。
「大丈夫か?」
 声の主、小声で猟奇王に話しかける。
 猟奇王、忍者ほど巧く影になりきれなかったのか、すぐに発見された。
「大丈夫だ」
「先に失礼する」
 男は屋敷に向かった。
 通り道だった。
 猟奇王は背後のコンクリート塀を見る。塀の上でしゃがんでいる影。さっと飛び降りる。
 そして猟奇王の横を素通りする。
 この二本木屋敷は空き巣の巣のように密度が濃い。
 しばらくすると忍者が姿を現した。
「どうなっておるのだ、ここは」
「庭には罠はないようでんなあ。建物の中に仕込まれていそうや。どうします? 入りまっか」
 ギャー
 と、悲鳴に続き、男が走って来た。
 片腕を押さえている。
 忍者は駆け寄り、空き巣のベルトをはずして血止めしてやる。
「腕は?」
「おおお置いてきた」
「救急車を呼ぶか?」
「お願いします」
 忍者は男のポケットから携帯電話を取り出す。
 もう一人、堀を乗り越えて入ってきた新人に頼み、傷ついた男を塀の外へ運んだ。
「わしらは救護班か」
 猟奇王は、愚痴った。
 するとまた悲鳴。
「またかいな」
 今度の空き巣も手首を押さえながら走り去る。
 さらに、塀を乗り越えて来る男の姿。
 猟奇王も忍者も、立ったまま見ているだけ。
 その男、膝の下に棒を付けていた。地雷を踏んで足をなくした人のように。
「ここでやられたのか?」
「そうだ」
 と、言いながら、建物へ向かう。
「大将、どうします?」
「救護活動はこれまでじゃ」
「わてらは労災に入ってないねんから、下手に怪我もできん体やで」
 
「二本木屋敷?」
「惚けるな! 知っておるだろ」
 猟奇王は根地田雄三に尋ねる。
 ロイド商会の奥の間。カーテンで仕切られたそこは特別な客しか入れない。
「では、その腕は如何なる場所で仕入れた?」
「商売のノウハウを怪人のあんたに話しても無駄じゃ」
「その手首の出所は二本木屋敷だ」
 根地田のべっ甲縁のロイド眼鏡が光る。
「そうだと言えば何とする?」
「図星か」
「あの屋敷とわしとは無関係。落ちておる手首や足首が持ち込まれただけ」
「誰が持ち込んだ」
「空き巣だろう」
「蛸が自分の足を食べて生きておるのと似ておるのう」
 根地田は意味が分からないらしい。
「空き巣の手足を空き巣が持ち込む。つまり盗っ人が盗っ人のちぎれたものを食うておると申しておる」
「そういえば、持ち込んできた男、手がなかったのう」
「明日は我が身じゃ」
「で、あんたは何が言いたい?」
「二本木屋敷の主は貴様だろ」
 ロイド眼鏡の奥の目がかっと見開く。
「そこまで儲けてはおらんわ。ここのテナント代だけで精一杯。我が身がギリギリ食えるだけ。家など買える身分か」
 猟奇変質業では食えぬらしい。
 
 カシャンカシャンカシャン
 公園ホームレスの殿山は、その日もアルミ缶を踏み潰していた。
 アルミの山に見えるが、実はアルミ缶で作った家に住んでいる。鉄筋ではなく、アルミ筋の構造物だ。
 寝返りをうってもばらけぬよう、内部は発泡スチロールを石綿のように張り付けてある。
 殿山はその構造物をアルミ館と呼んでいた。
 公園のアルミ館宛で、郵便物も届くらしい。
「二本木屋敷なあ。聞いたことないけど、担当なら知ってるかもしれん」
「担当とは誰だ」猟奇王が聞く。
「その地区担当してる回収員や」
「アルミ缶の縄張りがあるのか?」
「現金欲しい言うから、世話してやってるだけや」
 殿山はシケモクをキセルに突き刺した。
 
 その後も二本木屋敷周辺で救急車が止まる頻度は減らない。これだけ同じ場所で怪我人が出るのを当局は不審に思うはずだが、パトカーや警官の姿は従来通りだ。
 
 猟奇王のアジト前の原っぱに、丸太が一本打ち込まれ、その上にアルミ缶が乗っている。
 カキーン
 と、アルミ缶が落ちる。
 撃ち落としたのは忍者のパチンコ玉。
 日課を終えた忍者は猟奇王のいる二階へ上がる。
「大将、また寝てまんのか?」
 むくっと上体を起こす猟奇王。
「誰かと言うことじゃ」
「何がでんねん」
「二本木屋敷の主じゃ」
「空き家でっせ。あそこは」
「では無断で入り込み、あのよう罠を作った人物」
「中は見てまへんけど、手品で大根入れて、スコンと落とすギロチンみたいな機械かもしれまへん。今度は客に手を入れさせて、スコンと落としても切れまへん。まあ、切れたらショーやなくなりまっけどな」
「警察が動かぬのも解せぬ」
「そうでんなあ」
「一晩に数人やられておる」
「まあ、病院でも、盗みに入ってやられたとは患者も言いにくいやろしな」
「消防署や医者や病院が気づくはずじゃ」
「救急病院は急がしいから、変やと思うても、行動にはでんのかも」
「空き巣狩り…」
「警察はそこまでしまへんやろ」
「だから、それを仕掛けた人物を知りたい」
「かなりの猟奇者でっせ」
「怖いのう…怖いのう」
「ほんま、痛い痛い」
 
 自転車にこれだけの荷物が積めるものかと思えるほどの大気球のように膨らんだ荷物を乗せて止まっている。
 殿山のアルミ館に来た地区担当の男が、直接猟奇王に二本木屋敷周辺について語る。
「あの屋敷は空き家ですねん。俺、住んだろか思うたこともありましたんやけど、さすがに遠慮しましたんや。それはやな…まあ、マナーと言うもんですがな」
「要領よく語れ」猟奇王の眉間に皺がよる。
「あの屋敷は空き巣が入りやすそうな家でしてな。昼間とか下見に来てるらしい怪しい男を何度も見ましたで。これはですなあ…その道の者やったら、匂いで分かりますねん。同じ匂いですからなあ。あれは堅気やない。俺らよりやる気のあるだけの人間なんや…種類は同じや」
 猟奇王は我慢して聞いている。
「お尋ねの件ですけど、正面から出入りしてる男がいました。あれが持ち主とは思えまへんほど、ケッタイな格好してましてな。盗っ人と同類やと思いますねんけど、それにしては堂々としてはりました。二三度見かけましたなあ」
「その人物について、詳しく説明せよ」
「白髪で前髪が顔の半分ほど隠れてました。よう見たら覆面やねん。あ、旦那のマスクは黒いけど、マスクは赤でした。時代遅れのおかしなマントつけてました。裏地が赤でした。外人かもしれんなあ」
 旦那とは、猟奇王のことを言っている。
「白いタイツとブーツで…」
「分かった」
 猟奇王には見当が着いた。
「その他の情報はないか」
「あの屋敷は、どっかの会社の別荘らしいけど、なんでも倒産して、差し押さえられて、そのまま放置されてるらしいですわ。そのうち取り潰されるみたいやと町内の人は言うてます。あ、俺、別に町内の人と仲がよいわけやおまへんで、ゴミ捨てに来た主婦が話してるの聞いてただけですから」
「貴重な情報だ」
「そうでっか」
 地区担当のホームレスは役にたったことで満足を得たようだ。
「猟はん、その人物を知ってはるんか?」
「紅ガラス…まだ正義の使者をやっておるようだ」
「カラスでっか。生ゴミ専用の…」
「業界用語か?」
「生ゴミは売れまへん。残飯アサリをカラスと呼んでますのや」
 
 空き巣の学習能力は凄まじい。防御すればするほどその上を考えてくる。
 しかし、空き巣は積極的に攻撃されるとは思っていない。見つかり、逃げ場をなくせば居直って強盗に変わることもあるが、家の者が最初から襲ってくるとは考えていない。
 二本木屋敷で次々と倒れたのは、想定を越える凶暴な罠が仕掛けられていたからだ。
 
 中天にカッと月が映える。
 猟奇王と忍者はゆっくりと二本木屋敷に近づく。
 深夜、人通りのないコンクリート塀に沿う通路。たまにイタチが横切る。まだ床下などで棲息しているのだ。
「カマイタチの夜でんなあ」
「ドイツのカミソリのようによく切れそうじゃ」
「犯人は鎌の使い手かもしれまへんで」
 やがて侵入ポイントに立つ。今まで何人もの空き巣がここから塀を乗り越え、そして手足を切断されている。
 猟奇王と忍者はあっさりと塀を乗り越え、庭に出る。二本の大木がどこか両手に見える。
「問題は室内」
「そうでんなあ、庭でやられてる空き巣はおりまへんでしたからなあ」
「入り口は三箇所ありまんで」
 玄関ドアとは別に二つドアがあり、さらに窓まで数えると選択肢は多くなる。
「今夜は空き巣は現れまへんなあ」
「絶対数がある。もう、殆どがやられたのかもしれん」
「狩り過ぎて絶滅したんかも」
「さて、行くか」
 忍者は一番近いドアの前に立つ。
「ここから行きまっせ」
 月夜で明るい。
 猟奇王、ふと下を見ると、黒い染みのようなもの。匂いまでする。斧のような物体が刃を下に落ちている。上からの落下物だ。既に罠は作動した後のようだ。
 用心深い忍者は背中の刀をはずし、鞘と紐を起用に操り、輪っぱをノブに回す。
 ノブが回る。鍵はかかっていない。
 そのまま引く。
 ドアが開いた。
 ガラス窓の明かりで室内が分かる。廊下が続いている。床はコンクリートで、血のあとが方々にある。
 ドアは左右にあり、どちらのドアの前にも血痕。放置された手首が転がっている。
 猟奇王が進もうとするのを忍者が制す。
 忍者、じっくりと廊下を観察。
 左側のドアを同じ要領で輪っぱを掛けて引くが開かない。輪っぱで回しながら鞘ごと突くと、ぐーと開きかけた。
 さらに突き押すと、
 ガシャン
 と、床に何かが落ちた。
 ドアを押した手の真上から落下する仕掛けだ。
 開いたドアの上には木枠やワイヤー。その下に落下した大斧のような刃の仕掛け。
 室内には家具らしきものは何もない。
 忍者は中に入らず、廊下や壁に耳を当て、気配を窺う。
「います」
 猟奇王の耳元で囁く。
 猟奇王の目がキラリと光る。
 忍者、奥を指さす。
 その方角に反応があるようだ。
 突き当たりの部屋へさっと忍者駆け寄り、壁に耳を当てる。
 忍者は親指を突きだす。居る合図だ。
 そのドアは二枚。蝶番を見ると引けば開くことが分かる。
 忍者、天井を見る。ギロチンは廊下側にはないようだ。
 取っ手に紐を掛け、鞘で遠くから引く。
 片方のドアが開く。
 空き巣は手首や足首をやられていた。前方に突き出した手や足をやられている。
 どこにも触れなければ罠は作動しないはず。忍者、そう判断し、刀を抜き、逆手に持ってサッツと飛び込む。
 誰もいない。
 猟奇王も部屋に入る。
 大きな居間。主の部屋だろう。
 窓の上を見るとワイヤーがあり、ギロチンの刃が牙をむいている。窓を開けると、ストンと落ちるのだろう。
 居間には開いていないドアが二つある。
 忍者は同じやり方で輪っかを作り、二つとも開ける。罠は作動しない。
 一つのドアは洗面所。もう一つは寝室。
 猟奇王は寝室へ入る。ベッドが骨だけ残っている。
 備え付けの家具があり、硝子戸の中に宝箱が見える。
 その下には血まみれの手首。
 明らかに罠かある証拠だ。
 猟奇王、中を覗くが、宝箱らしきものが薄明かりで見えるだけ。
 忍者近づき、ペンライトで照らす。硝子戸の手前に木の枠がある。
 既に罠が作動した後だろう。刃物は下に降りている。
「誰もおらぬようじゃな」
「喋っても大丈夫なようでんなあ」
「回収しに来るまで待つか」
「そうでんなあ、罠を仕掛け直す必要があるからなあ」
 猟奇王は骨だけになったベッドの上で横になった。
「おかしいなあ、気配があったのになあ…」
 しかし、空が白み始める時間になっても、何も起こらなかった。
 
「ふー、疲れた」
 と、アジトに戻った猟奇王は一言発し、そのまま眠ってしまった。
 起きたのは十三時間後だった。
「大将、うなされてましたで」
「そうか、達磨になった夢を見た」
「わてはイモムシになった夢見ましたで、胴体だけで這ってパチンコ屋行ってますねん。せやけどハンドルが握られへん。そらもう不自由で不自由で…」
「あの宝箱が気になる」
 寝室に備え付けられていた硝子扉のある戸棚だ。
「あれは窓からも見えまっせ」
「その窓の下は悲惨な血痕。おそらく、それがあの屋敷のメインだろう」
「気になりますわ。確かに、宝箱見たら、開けてみたなる」
「あの宝箱は、中身よりも容器だけでも値打ちがある」
「そうでんなあ、小銭入れたりしてなあ」
「しかし、姑息な仕掛けじゃ。それだけでも仕掛け人の性格が分かる」
 
 手首を回収し、罠をセットした紅ガラスは昨夜のことを考えていた。
 寝室の真上に屋根部屋があり、その節穴から室内を見ていたのだ。
 そこに現れたのが猟奇王。紅ガラスは仰天し、ただひたすら息をしないで気配を殺し続けた。皮膚呼吸に切り替えたため、全ての毛穴を全開し続けたので、さすがに疲れたようで、逆三角形の目には血管が稲妻のように走っていた。

「もういらないぞ」
 ロイド商会の奥で根地田雄三が白髪男に伝える。
「そんな生臭い物、持って帰ってくれ」
「引き取ると言ったじゃないか」
「数が多すぎるんだよ。愛好者の絶対数が少ないんだ。売れ残るに決まってる」
「海外なら需要があるだろ」
「こんなのが珍しくて売れたのは平和な日本だからじゃ」
「おのれい…」
 白髪男の目に赤い血管が走った。
「やる気か」
 根地田雄三は日本刀を取り出し、あっと言う間に真剣を抜いた。
「短気は良くない」白髪男は捨てぜりふを吐いて出て行った。
 白髪男は怪傑紅ガラスと言う名で活躍する正義の使者だった。今も正義漢に燃え、空き巣退治を実行していたのだ。
 
 次々に訪れる夜。猟奇王はアジトで疲労を癒していた。
 忍者は相変わらず勤勉にパチンコ屋へ通い、生活必需品を調達していた。
「そろそろ行くか」
 ある夜、猟奇王がポツリと言う。
「例の宝箱でっか?」
「いぶし銀の真鍮の輝き、あの箱が欲しい」
「中身は?」
「どうせ罠用の宝箱ゆえ空だろう」
「その後、二本木屋敷は静かでっせ。もう空き巣も、罠やと分かって寄りつかんのかも」
 
 深夜、あれだけ賑わっていた二本木屋敷コンクリート塀の侵入ポイントは静まり返っていた。
 二つの影が飛び込んだ。
 寝室の窓の罠を空作動させ、二人は侵入した。
 硝子扉の向こうに宝箱が見える。どの空き巣も奪えなかった代物だ。
 手首一つ犠牲にすれば、取れるかもしれないが、空き巣たちは体のほうを大事だった。
 その備え付けの戸棚は調べるまでもなく、上にギロチンが仕掛けられていた。硝子扉を開けると作動するはず。
 忍者は、刀のかけ紐を取っ手に通して引っ張る。
 ガシャン
 と、刃物が落ちた。
 開いた硝子扉の向こうに宝箱がある。
 猟奇王は手を伸ばし、宝箱に触れた瞬間、
 ガシャリ
 と刃が落ちた。
「ううううう」
「大将!」
 その時、天井が開いた。
「かかったな猟奇王」
 上からマントをひるがえし、紅ガラスが飛び降りた。
「正義の使者紅ガラス、猟奇王の手首頂いた」
 猟奇王は宝箱を両手で持つ。
「何と?」
「大将、無事でしたか」
 猟奇王は、スーツの袖をめくる。手首から肘にかけて鉄板が巻き付けられていた。
「電気が走ったが無事じゃ」
「おのれいー」
 紅ガラスの蟹爪拳が襲う。
 ガシャンと、腕の巻鉄板で受け止める猟奇王。
「まだ、やるか?」
 紅ガラスの背後、忍者の刀がキラリと光る。
「語り明かそうじゃないかね猟奇王君」
「勝負が着いたようだな」
「それは…認めようではないか。だから会話しよう」
「言いたいことがあるのか」
「あるとも」
 紅ガラスは黒目を忙しげに動かす。
「油断ならんでこの男」
 忍者が牽制する。
「私は、負けを認めた。これ以上抵抗はしない」
「では、聞こう、ここで何をしていた」
「その前に、久しぶりに君を見て、驚いた」
「わしもだ。貴様がまだこの時代まで生きておったとは」
「お互いにな」
 その昔、正義の使者紅ガラスは猟奇王と対決し、片手を斬り落とされた。正義が負ける無様さだった。
「昔の恨みはもうない。今はこうして武器を装着できる」
 紅ガラスは蟹の爪のようなものを右手首に付けている。これは交換できるようで、他に鍵型やナイフを銃剣のように装着できる。
「私は今も正義の味方であることを忘れていない。悪を懲らしめるのが私の生き甲斐だ」
「で、空き巣を懲らしめたわけか」
「そうだ」
「度が過ぎるぞ。手を失った空き巣は、今後普通の仕事も不自由するだろうに」
「君が言うな。私も不自由しておる。これはボランティアだ。一円も貰ってはおらぬ」
「その手首、ロイド商会に持ち込んだことは分かっておる」
「それは役得というもの。もう空き巣狩りは終わった。警察署で表彰されるはず。町内の治安を積極的に守った」
「その発想が怖い。頼まれたわけではなかろう」
「正しい行為は自発的に決行すべきだ」
「貴様の正義漢に口出しはせぬ。せぬが、他に方法があるだろ」
「私は私のやり方でやる。それが私の生き方だ」
「話はここまでだ」
 紅ガラスはピクリと鉄の蟹爪を動かした。
「帰る」
「対決せんのか」
「わしは、この宝箱を持ち帰ればそれでよい」
 紅ガラスの口元が緩んだ。
「そうか、達者でな」
「貴様こそ、わしにかかって来ぬのか。正義漢は偽りか」
「今日は体の加減が悪い。またの機会に譲る」
 猟奇王は宝箱を掲げ持ち、
「二本木屋敷の財宝、猟奇王が頂いた」
 と、見栄を切った。
 
 数日後、今回の事件とは関係なく、二本木屋敷は取り壊された。新しい所有者が分譲住宅を建てるためだった。
 そして二本の大木は一本だけ残された。
 紅ガラスは巣を失った。
 後日談になるが、白髪頭にマントのホームレスが生ゴミ漁りのカラスをやっているのを、アルミ館の殿山が目撃している。
 
 忍者はやっと宝箱の鍵を解除した。
「さあ、大将。開けてのお楽しみでっせ」
 猟奇王が開けると、中はやはり空だった。
「この宝箱、紅ガラスが空き巣の餌用に持ち込んだ物でしょ。容器だけでんがな」
 真鍮ではなくブリキで、銀色に塗られているだけ。昔の子供のおもちゃだった。
「ん?」
 猟奇王は、宝箱の底にへばり付いている紙片を取り出した。
 紙片は二枚に折られている。
 それを開くと、
 
 スカ

 と、文字が書かれていた。
 猟奇王は、忍者に見せないで、ぎゅっと指でまるめ、ポイと投げ捨てた。
 
   了

 

2006年02月28日

小説 川崎サイト