小説 川崎サイト

 

終わった世界

川崎ゆきお



「おや、久しぶりだね」
 魔獣が洞窟の入り口で冒険者に語りかける。
 いきなり攻撃してこない魔獣のようだ。
 冒険者は、通り抜けようとした。
「話しかけているのに、無視かい」
「会話することは想定していない」
「いやいや、わしも本来は話さないタイプだ。いきなり攻撃するタイプなんだよ。その距離に君が入ってきているしね」
「じゃ、なぜ攻撃してこない」
「そこだ」
「えっ、底、下の階層もあるのか、この洞窟は」
「そうじゃない。わしの事情を話そうとしておるところじゃ」
「伺おう」
「昔は、冒険者がうじゃうじゃいた。行列を作ってこの洞窟を通っていったものだ。その頃はわしも忙しくてな。ほとんどやられ役だが、たまには勝てることがある。レベルの低い冒険者がたまに来ておるのでな。ちりも積もれば山となる。つまりじゃ、それでわしも経験値を積んでしまい、強くなったのだ」
「昔は、そんなに人がいたのか」
「いたとも、冒険者君。今は場末のビリヤード」
 魔獣は狂っているようだ。
「だから、この洞窟では戦闘はない」
「どういうことだ」
「わしらのレベルが高すぎるのでな。攻撃せんようにと、ボスが言っておる。もっとも、攻撃するも何も、人が来ないのじゃから暇でしようがない」
「この先の魔獣も攻撃してこないか」
「ああ、大丈夫だ。簡単に通れるぞ。君から攻撃しなければな」
「しかし、私は戦わないと、クエストを果たせない」
「これだろ」
 魔獣は聖水の入ったポーションを冒険者に渡す。
「これだ。これを持ち帰るクエストなのだ」
「よかったじゃないか。さあ、これで終わりだ。この先を進めば隣国の町へ行ける」
「ありがとう」
 冒険者は洞窟の奥へと進んだ。
 魔獣があちらこちらで寝そべっている。それを踏まないように進んだ。
「ここはもう終わっているのか」
 しばらく行くと、ポータルが浮かび上がった。冒険者はそれでワープし、隣国の町へ出た。
 そこはゴーストタウンで、人の気配が希薄だ。
 守備兵は座り込んで眠っている。
 冒険者は聖水を聖堂に持ち込んだが、聖者も居眠りしていた。

   了

 


2008年12月15日

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