小説 川崎サイト

 

魔法の石版

川崎ゆきお



 高校生の岩田は不登校で籠もっている。
 その理由は精神的な何かではなく、ただの怠け者なのだ。
 では、どうして怠け者になったのかというと、そういう体質のためで、特に過去に何かがあったわけではない。
 だが、怠け者ほど、何かに熱中すると、恐ろしいばかりのエネルギーをそこに注入する。それは並の努力家ではできないような荒仕事でもだ。
 ただ、岩田の場合の荒仕事は、有用なことではない。籠もった状態で過ごすのも退屈なので始めたオンラインゲームに熱中しているだけなのだ。
 岩田は怠け者の不登校高校生だが、その実態は冒険者なのだ。その行為が冒険的なのではなく、ゲーム上のキャラが冒険者で、岩田はそれになりきっている。
 と、言っても自分が冒険者であるはずはないことぐらいのことは知っている。体力も腕力も勇気もないのだ。
 その岩田の生活を狂わす事故が起きた。これも世間一般から言えば、何でもないことだ。
 それはパソコンが壊れたのだ。原因はグラフィックボードの熱で、パソコンがダウンしたのだ。
 単に岩田のおもちゃが壊れただけなので、困るのは岩田だけで、その岩田も、本質的に困るようなことではない。むしろゲームをしなくなり、まともになるチャンスなのだ。
 しかし、岩田はこの岐路を有効に使わなかった。
 選択したのは、グラフィックボードを買いに行くことだった。
 久しぶりに見る世間は新鮮だった。岩田はリアルな3D空間を走った。
 都心にある大型電気店にあるパソコン売り場へ直進した。
「グラフィックボード売ってますか」
 ほとんど他人と口をきかない岩田だが、このときは元気よく聞ける。
 そして案内されたのは自作パソコンのコーナーだった。
 岩田にとって、グラフィックボードこそ、幻想世界を映し出す魔法の石版なのだ。その石版の中に岩田のキャラや、世界の風景が詰まっているのだ。
 岩田が毎日駆け抜けている北欧の森や城がそこにあるのだ。
 そして陳列台を見た。そこはガラスのケースの中で、手に取ってみることはできない。 ガラスに張り紙がある。返品交換一切お断りと。
 岩田はそれまでネットで調べていた型番を探した。今まで使っていたものより、数段速いタイプだ。今度買うのなら、これだと思いながら、次々に新製品が出るため、狙いも移動する。
「やはり、ここに詰まっていたんだ」
 女戦士がロングソードを構えている絵の箱を見る。
 岩田はレジで注文番号を伝えた。
 レジ店員は大きく頷きながら、持ってきた。
 彼もまた、その石版の意味を知っている人なのだろう。
「これですね」
「うん」
 岩田は魔法の石版を手にし、急ぎ足で自宅へ戻った。
 そして無事差し込み、あの世界へ戻ることができた。

   了


2008年12月26日

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