小説 川崎サイト

 

冬の蟻

川崎ゆきお



 冬の公園でキリギリスが宿泊している。夏場働かなかったので、冬を越す蓄えがないのだ。
 その横の段ボールハウスには蟻がいる。
「どうしたんだ蟻さん」
 キリギリスが声をかける。
「うるさいなあ」
「そりゃ、悪かった」
「深刻なんだ。誰とも話したくない」
「そういうなよ。横で段ボールハウスを建てたくせに。お隣さんじゃないか」
「他に場所がないんだ」
「いったいどうしたんだい。働き蟻さん」
「働いていたのに追い出されたんだ。だから君とは違うんだ」
「そうだね。君は働いていたんだから、蓄えもあるしね」
「ないよ、そんなの。ぎりぎりで暮らしていたんだから」
「そうなんだ。じゃ、私と同じだね」
「違う。あんたは働かないで、ここにいる」「そうだね。蟻さんは働いていてもここにいる」
「やめろ。その話は。働いたものが報われない話なんてしたくない」
「でも、この前まで暖かい場所にいたんだろ。私なんて、ずっと寒い場所にいる。秋から徐々に寒くなってくるんだ。だから、体も慣れてきたけど」
「よくこんな寒い場所にいるなあ。一日で凍死だよ」
「大丈夫。今夜はそれほど冷えないから。その段ボールじゃ、すきま風が大変でしょ。ビニールで作るのがいいんだよ。その段ボールの上にビニールシートをかければましになるよ」
「よく知ってるなあ」
「慣れさ」
 キリギリスは温かいスープを蟻に渡した。
「え、どうしてこんなのがあるんだ」
「魔法瓶に入れていたんだ。温まるから飲みなよ」
 蟻はキリギリスから施しを受けた。
「僕が働いた分は、何処へ行ったんだろう」
「会社が持っていったんだろ」
「そうだね。あんな給料じゃ、家賃も払えなかったしな。だから、会社の寮にいたんだよ」
「そこも追い出されたの」
「そうだ」
「かわいそうだね。せっせと働いていたのに」
「あんたと差が出ないことが納得できない」
「えっ、何?」
「働いていた僕と、働いていなかったあんたとが同じだなんて、納得できないと言ったんだ」
「私は、もうここで一生終わるけど、蟻さんはまた働きに出るんでしょ。だから、大いに違うと思いますよ」
「キリギリス君。君は働かないつもりか」
 キリギリスはバイオリン見せる。
「路上ライブで食べてるんだ。ぎりぎりだけど」
 キリギリスは働かなかったが、バイオリンの演奏は熱心にやっていた。
「そうか、君は芸があるのか」
「ないよ。私程度の演奏じゃ、成功しない。でも、お金を投げてくれる人が少しいるよ。きっと哀れんで落としてくれるんだろうね」
「そうか、君は君なりに生き延びていたんだ」
 その後、蟻はキリギリスのマネージャーになり、二人でその日暮らしを繋いでいったようだ。

   了

 


2009年1月9日

小説 川崎サイト