小説 川崎サイト

 

物欲の構図

川崎ゆきお



「どうです、お一つ」
 デジカメ売場でのことだ。
「いいねえ」
「安くなってますよ。それにこんなに小さい」
「そうだね」
「今ならポイント倍です」
「ああ」
「どういうカメラをお探しですか?」
「気に入った物かな」
「これなどどうですか? コンパクトで高性能です。最高級品です」
「君はよく知ってるねえ。これを薦めるとは」
「いえいえ」
「欲しいねえ」
「では、こちらになさいますか。在庫はあります」
「欲しいんだがね。使わないと思うんだ」
「こちらはどなたでも使えるオートモードがありますから、向けて押せばいいだけです。それに手ぶれ補正は三段から四段分とかなり強力です。隠居様でも大丈夫です」
「そういうことじゃないんだな」
「はあ?」
「物欲だよ。物欲」
「デジカメは一台ぐらいあったほうが便利ですよ」
「何台も持っておる」
「そうなんですか」
「この店で何度も買っているじゃないか。君は新入社員か」
「あ、はい」
「物欲はあるが買っても使わない。それを何度も何度も繰り返すとどうなると思う。また今度も買って、そのまま放置だ。それを忘れてまた新製品を買う。それもまた放置だ。それを何度も何度も繰り返しておる。決して惚けて忘れたわけじゃない。しかし私にも学習能力の欠片はある。今回は、その反省をよぎらせながらこの場に立っておる」
「この商品なら、きっと使い続けることができるかと…」
「そのパターンは何度も踏んだ。だから今回も躊躇しておる」
「はあ」
「これはもしかすると実用ではなく純粋なる物欲ではないだろうかと」
「はあ」
「そうなるとだね、消費したいが為の行為になる。消費は金銭の許す限りいくらでもできる。だが、消費はできても消化はできない。消化だよ消化」
「このデジカメならきっと消化できると思いますよ」
「君もそう思うかね」
「はい、喜んで」
「別に喜ばなくてもいいがね」
「じゃ、これにしようか」
「はい、大喜びで」

   了
   


2009年1月28日

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