小説 川崎サイト

 

不思議な人

川崎ゆきお



「不思議な人、謎めいた人、最近見かけなくなりましたねえ」
「昔もそんな人はいなかったと思うね。情報がよくわからなかった。世間の様子も、今ほどには見えてなかった。それが原因でしょうね」
「怪人もいなくなりましたよねえ」
「だから、正体が知れてしまうんでしょう。ただの浮浪者だったりとか」
「ホームレスだったりしてね」
「そうそう、そういう人が、公衆の場で、うろうろしていたんでしょ」
「今は、それにふさわしい場にいますよね」
「旅人も、いないでしょ。観光地にしか行かない」
「そうですねえ。住宅地に旅人は入り込みませんよね」
「だから、謎の種が入り込みにくくなっているんですよ」
「それで、見かけなくなったんですよね」
「精神的な意味での不思議な人はいますよ。でもそれも病理の世界でしょ。お病気なら、不思議でも何でもない」
「そうですよね。昔は雑多なものが混ざり合っていたんでしょうね」
「雑踏とかね。妙な人がいましたよ。今はすぐにどういう人なのかが、わかってしまいます」
「それで、怪人もいないのですよね」
「怪人のことは知りませんが、棲み分けすぎたのでしょう。だから、滅多にミスマッチは起こらない」
「じゃ、怪人は幻想なんですかね」
「正体が分からないままだから、怪人でね。今は、すぐにわかってしまいますよ。推測できる世界ですよ」
「怪人は闇の住人でしょ」
「ええ、闇があった時代ですね」
「裏の世界ですか」
「犯罪の世界だけが、裏じゃないですよ。表だって動けない職種もあったんでしょうねえ」
「たとえば?」
「軍部とか」
「軍事スパイですか」
「特殊治安部隊とかね」
「思想犯とかがあった時代ですね」
「怪人も、そんな土壌があったから、いたんでしょうね」
「そういうことです」
「夢がないですねえ」
「想像の底がすぐについてしまうようです」

   了
   


2009年2月18日

小説 川崎サイト