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川崎ゆきお



 高橋はネット上で公開されている小説を読んでいた。
 毎日大変な量を連載している。話は古めかしいのだが、実にすばらしい幻想小説で、編集者である高橋は、その作者に会うことにした。
 その作者尾上幽一はまだ若かった。文体から、もっと年寄りを想像していた。
「いつも読んでいます」
「ありがとうございます。ほんの冗談ですよ」
「冗談で、あれだけの量、あれだけのアイデアは出せないと思います」
「簡単ですよ」
「才能のある人は、そうおっしゃるようですね。でも、凡才には、なかなかできるもではありません」
「僕も凡才ですよ」
「いったいどんな感じで書かれておられるのですか」
「簡単です」
 作者は、いとも簡単に秘密を明かした。
「僕はドイツの幻想小説が好きでしてね。特に二流三流の作者が書いたものが大好きなんですよ」
「では、そこからヒントを得て?」
「そのままですよ。ヒントじゃなく、そのままです」
「どういうことでしょう?」
「毎日、本を読みましてね。それを思い出しながら、書いているだけですよ」
 作者はポケットから本を取り出した。
 高橋には読めない。
「ドイツの古書店で注文した三文小説ですよ」
「そのこと、誰かに話しましたか」
「いいえ」
「続けてください。書き方を」
「その日、読んだ分を、自分なりに思い出して、書くんですよ。それだけです」
「今の話、他では絶対に言わないでください」
「はい、いいですが」
「その、ドイツから送られてくる三文小説はどれほどあとあります」
「まだ、読んでいないのが百冊ありますよ」
「はい、十分です」
「翻訳するつもりで書いていたのですがね。うまく訳せないのですよ。だから、別の作品になってますよ」
「いいですね。それは」
「まあ、覚え書きのようなものですよ」
「ネット上でのアクセスは一日どれくらいあります」
「ほとんどないです。僕しかアクセスしていないんじゃないですか」
「いいですねえ。それ」
 高橋は、すぐにネットを封鎖することを頼むと同時に、出版することを約束した。
 その後、よく売れたとかの話も、話題になったとかの話も聞かない。
 
   了


 


2009年2月24日

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