小説 川崎サイト

 

悪行寺

川崎ゆきお



 骨董品屋の親父が、等身大の古びた仏像を客に見せた。
「これが、そうか」
 悪行寺は宿坊百を持つ大きな寺だ。
 街道が交差する場所から少し離れた山間の膨らみにある。
 さすがに表通りには置けなかったのだろう。
 悪行寺なので、悪人が集っているのだが、それを言い出すと、すべての人間が悪人だとも言えるので、特に条件が厳しいわけではない。
 宗派は特にない。そうかといって独自のものも持ち合わせていないが、一応本尊は薬師如来と言うことになっている。
 この仏様は秘仏で、秘仏であることさえ秘されている。そのため、何代目かの住職も本尊がどこにあるのかは知らない。
 寺には当然本堂がある。本尊は、その本殿にあるはずだ。そうでなければ、本殿と呼ぶ必要はない。
 悪行寺の本殿は悪行堂と呼ばれている小さなお堂だ。しかも敷地の片隅にあり、あまり尊ばれていないようだ。その証拠に横は厠なのだ。
 元々、この悪行堂だけがあった。悪行寺と呼ばれ、発展したのは、後のことだ。
 では、寺で一番大きな建物は何かというと、それは講堂だ。
 講堂は板敷きの大広間で、畳を敷けば千畳敷になるほどの広さだ。
 悪行寺参りとは、この講堂で寝泊まりすることだったが、収納できなくなり、宿坊ができた。その数百を超える。
 講堂内部にはおびただしい数の仏像が立ち並んでいる。立体曼陀羅のように並んでいるのではなく、古道具屋の店先のように、無造作に仏像が置かれている。
 盗品ではない。仏像の捨て場所になっているのだ。これは信者の寄進とされている。
 悪行寺は本山だが、末寺は一つもない。だから、総本山という言い方もおかしい。
 悪行寺は独自の寺だが、正式には私寺だ。どの宗派にも属していない施設で、果たして寺と言えるかどうかも怪しい。
 その証拠に、参詣者の姿を見れば分かる。怪しそうな人々なのだ。
 講堂は博打場になっており、旅の男女が雑魚寝している。
 宿坊は長期滞在者が多く、ほとんど住み着いている人もいる。
 悪行寺のある国に新しい領主が来た。歴代の領主は悪行寺を認め、保護した。そのほうが領民への受けがよかったためだ。
 悪行寺領というのはない。山間の狭い土地を占有しているだけで、領土を持たない。領主としては、悪行寺を奪っても、得るものがないのだ。
 しかし、そこへ天下統一を目指す大名家が攻めてきて、元の領主は退散した。
 そして、悪行寺は裸になった。
 代官は、このややこしい寺を滅ぼすため、兵を入れた。
 しかし、境内はもぬけの殻で、猫の子一匹いない。
 悪いやつほど足が速いのだろう。
 骨董品屋が見せたのは、そのとき持ち出した悪業寺秘仏だが、これは、かなり出回っているようだ。

   了

 


2009年3月24日

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