小説 川崎サイト



千代の散歩

川崎ゆきお



 へたりこんでいる老婆がいる。
 市街地での話だ。
 これが農村なら休憩している姿も絵になるが、町中では背景が悪い。
 野村千代は家までの道で止まってしまった。狭い裏道なので、車一台がギリギリ通れる幅しかない。したがって道端で腰を下ろすわけにはいかないので、マンションの階段に座り込んだ。
 時間はまだ早いが冬の陽は短い。夕食前の時間帯なのだが、もう町は暗い。
 千代はじっと座ったまま体力の回復を待った。空腹で腹に力が入らない。このまま立てないのではないかと心配になる。
 嫁が夕食を作って待ってるはずだ。いつまでも座り込んでいるわけにはいかない。
 通りがかった人が驚いたような顔をする。階段に見かけない物体がくっついており、よく見ると人間が座っているので、驚くのだろうか。
 千代は頑張って立ち上がった。ぐずぐずしていると、もう一人で散歩に出してくれなくなる。
 千代は歩きだした。
 すると、ガレージに座っている人が見える。まだ車は戻って来ていない。
「梅子はんか?」
「あ、千代さん」
「あんたもか?」
「そうでんがな、もう歩けまへんねん」
「はあ、はあ、お互いはん。わても、そこの階段で、さっきまで」
「そうでっか、辛いこって」
「ああ、辛い辛い」
「立てまっか、梅子はん」
「さっき立とうとしたら、立ち眩みしましてなあ」
「梅子はんは目眩持ちやからなあ」
「そうでんがな、わて、もう怖うて怖うて」
「わては、膝があきまへんねん」
「よう言うは、しゃきしゃき歩いてはるやないか」
 千代は梅子を支えながら立たせた。
「車が入って来たら、ひかれますからな。ここは危ない」
 二人はとぼとぼ歩きだした。
 その後ろから車が来ていた。二人は気付かない。自家用車の婦人が我慢の限界に来たのか、クラクションを短く鳴らした。
 その音で千代の膝がガクンとなり、バタンと倒れた。
 
   了
 

 

 

          2006年04月28日
 

 

 

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