小説 川崎サイト

 

ガラス戸の顔

川崎ゆきお



 何かの弾みで起きてしまうことがある。
 立花は滅多なことでは起きない。いつも同じ時間に眠りに入り、同じ時間に眠りから覚める。
 しかし例外はある。病気の時だ。身体が苛立つような感じで寝ていられない。
 癇癪を起こし、苛立つような感じだ。
 起きるとまだ早い。しかし日は昇っている。目だけ開け、ぼんやりしている。
 目を閉じるのが苦痛なのだ。
 しかし、早く起きすぎると睡眠不足になる。それで、どうしようかと考えながらぼんやりしているのだ。
 その視線の先は何も見ていないのだが、何かに当たっている。
 枕を高くする。
 すると、天井ではなくガラス戸が見える。隣の部屋との仕切りは襖ではなくガラス戸だ。鍵がかかるようにガラス戸にしたのだ。
 隣の部屋は使われていない。物置のようになっている。一人暮らしでは広すぎるので、使わない部屋ができているのだ。
 その隣の部屋との仕切りであるガラス戸が目に入る。そんなものじっくり見たことはない。
 そこに人の顔が写っている。ガラス戸は磨りガラスで、向こう側は見えない。誰かいるのならシルエットぐらいは分かるかもしれない。しかし顔だけなのだ。
 立花は驚かない。
 それは、何が人の顔に見えるのかを探っているためだ。
 両目が見える。それを両目と認識した瞬間、その下に鼻が見え、口が見え、顔の輪郭が見えだした。
 立ち上がってそばに近づけば、正体は分かる。光線状態や磨りガラスの汚れ具合とかで、そう見るのだろう。
 しかし、この時点でまだそれは本当の姿を見せていない。
 立花が人の顔だと見立てたのは、そう見ようとしたためだ。最初は曖昧だった。
 さらにその横に、もう一つ顔が浮かび上がってきた。同じような顔をしている。
 これは正解を見るのが楽しみだ。
 正体はすぐに分かるはずなので、できるだけ、ここで不思議がったほうが面白い。すぐにがっかりするのだから。
 そして、立花は布団から出て、ガラス戸に近づいた。
 正体は分かった。
 磨りガラスに軽く凹凸のある星形が入っていた。それが規則正しく間隔を置いて並んでいた。その星形の二つ分が両目に見えたのだ。
 最初から分かっている安心感を、やはり味わう。もう少し気を持たせたほうがよかったのではないかとも思うが、身体が苛立っているため、粘れなかったのだ。
 
   了

 


2009年5月2日

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