小説 川崎サイト

 

怖い映画館

川崎ゆきお



 昔の思い出がある。それは世代を越えてあるが、中身が違う。
 同じ世代のほうが共有しやすいが、それでも時代背景が似ているだけで、内容が違う。
 四十代の時田は二十代の沢村に昔の話をした。
 あのころはああだったとかこうだったとかだ。
 年下の沢村には実感はない。二十年ずれているためだ。
 しかし、沢村にも何となく分かる内容もある。自分の両親が語っていた世界のためだ。
「映画館が次々に消えていってね。まあ、私の時代になると、あまり映画は見に行かなくなったからね。テレビで昔の映画、見てるほうが安くすむしね」
「映画館、今もありますよ。新しいの、できたりしてますよ」
「私が見たいのは映画じゃなく、映画館の雰囲気だったのかもしれない。何となく隠れ家みたいでね。映画館は大きくてね、二階席もあった。でも誰もいないんだよね。一階も数人だよ。だから、休憩でいく感じだね」
「楽しそうですね」
「怖いよ」
「暗いから何か出そうですね」
「真っ暗な空間がそこにあって、どこに座ってもかまわない。何時間いてもいい。そういう場所だったんだ。私の若い頃の映画館は」
「最近どんな映画見ました?」
「映画館でかね」
「そうです」
「賞を取った映画があってね、それを見たのが最後だ。もう見るのは苦痛だ」
「最近の映画、内容が難しいんじゃないですか。賞を取るような映画は特に」
「映画館を題材にした映画でね。つぶれかけの映画館を復興させる話なんだ」
「時田さんは映画より映画館のほうが好きだといってましたから、その映画の中に出てくる映画館が見たかったのですね」
「カンがいいね沢村君」
「じゃ、面白かったんじゃないですか」
「気分が悪くなって、始まった瞬間に出た」
「どうしてですか」
「小さな映画館というか、ビルの一室の映画館でね」
「最近そんな感じですよ。ミニシアター」
「小さくても料金は同じなんだ」
「それより、どうして出たのですか」
「目が回ったんだよ」
「はあ?」
「久しぶりに大きな画面で見たので、目が合わなかったのかな。くらくらしたよ」
「それで、気分が悪くなったのですね」
「それだけだ」
「それ、分かります」
「そうか」

   了

 


2009年5月4日

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