小説 川崎サイト

 

謎の尾行

川崎ゆきお



 生田はいつも尾行されているのではないかと思った。
 その思いは錯覚かもしれない。尾行される理由がないからだ。
 あるとすれば、夜中自転車で走る不審者としてだ。しかし、当局は暇ではない。
 生田には前科はない。犯罪とは無縁だ。その関係の知人もいない。
 ふつうの会社を勤め終え、退職後暇なので、自転車でうろうろしているだけだ。
 それが「だけ」と、言い切れるかどうかの自信はない。やはり、少し不自然で、説明しにくい。
 だが、その程度のことで、尾行がつくとは思えない。
 その尾行者は当局の人間だと思っている。それが間違いなのかもしれない。だが、個人的に自分を尾行するような人間など思いつかない。
 しかも夜中だ。よほどの暇人でも、そんなことはしないだろう。
 世の中は「そんなことはない」と思っていても、そんなことが起こることもある。だが、そういう場合は、予測なしで来る。予測外で来る。想定外だ。今回は想定している。予測している。だから、来ないだろうと思う。
 来る来ると思うことで、来てしまうことはあまりない。
 生田は後ろを振り返る。これは勇気のいる行動だ。
 無点灯の自転車が後方にいるように思える。
 しかし、目撃したわけではない。
 尾行者が水銀灯の下に入れば、見えるはずだ。
 生田は後ろを向きながら走った。
 しかし、後続の自転車の姿はない。
 やはり錯覚だろうか。
 錯覚の次のレベルは、幻覚だ。
 さらにその上は、幽霊のようなものかもしれない。
 生田自身は精神的病気はないと思っている。だから、内からではなく、外の現象だと思えるのだ。
 それが人でなければ、何だろうか。
 だが、尾行されているような感じがするだけで、具体的なものは何もない。
 後ろから来る音もしない。そういうことではなく、気配を感じるのだ。
 そして、今夜も生田は、尾行を感じながら走っている。
 ひとつ言えることは、昼間には感じないと言うことだ。

   了


2009年5月25日

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